戦国時代

伝わることが何より大事!武田二十四将・高坂弾正が『甲陽軍鑑』に記した思い

こういう人、職場とかにいませんか?

「キミ、報告書のこの表現なんだけど……」

例えば「AおよびB」を「A及びB」に直せとか、「分かっている」を「解って(理解して)いる」や「判って(判別できて)いる」と言ったニュアンスを含めた表現にせよとか……。

もちろん官公庁で働いていたり、あるいは文学作品であったりなど、そうすべき状況も確かにあります。筆者はそういう場合まで直したくない(直すのが面倒だ)と言っているのではなく、
「いま大事なのは『そこ』じゃない!」
というあの状況。そう、それですそれ解ってくれてますね。

古来「神は細部に宿る」とはよく言ったもので、まさにその通りなのですが、それもTPOってモンでしょうよ細かいことは又にしてくれ……そんな苛立ちを感じる人はいつの時代もいたようです。

伝高坂弾正昌信肖像

そこで今回は戦国時代、武田二十四将の一人として武田家に奉公し、数々の武勲を立てた高坂弾正昌信(こうさか だんじょうまさのぶ。春日虎綱)が書いたとされる軍学書『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』のプロローグを紹介。

実務ばかりでインテリジェンスに疎かった彼が武田家の行く末を思いつつ、想定される周囲からの批判に予防線を張った文章に、共感される方もきっと少なくないことでしょう。

悪しきことをば捨てにあそばし……

一、この書物、仮名づかひよろづ無穿鑿にて、物知りの御覧候はゞひとつとしてよきことなくて、わらひごとになり申すべく候。子細は、我等元来百姓なれども、不慮に十六歳の春召し出だされ、地下を出で春日源五郎になり奉公申し、しかも油断なく御前に相ひ詰め候間、少しも学問仕つるべき隙なき故、文盲第一に候ひてかくのごとし。さりながら悪しきことをば捨てにあそばし、この理屈を取りて、当屋形勝頼公より太郎信勝公まで上から下にいたり諸侍の作法になさるべき事。

※『甲陽軍鑑』口書より

【意訳】この書物を記すにあたり、仮名づかいや文法など細かなことは気にしないようにした。インテリの皆さんが見たら、さぞや間違いだらけの駄文であろうとは確かに思う。
元はと言えば無学な百姓が16歳で信玄公に取り立てられ、以来ずっと奉公ばかりで学問をする暇もなかったんだ。仕方なかろう。
まぁそれはそうとして、わしが伝えたかったのは武士として求められる作法や道理であるからして、つまらぬ揚げ足取りはやめて、奉公の参考としてもらいたい。

歌川国芳「甲陽二十四将之一個 高坂弾正忠昌信」

……後輩たちに向けて仕事のマニュアルを書こうとしたものの、文法や誤字脱字などを笑われまいかと悩んでいたが、それでも恥を忍んで筆をとり、永年現場で叩き上げながら体得した教訓を書き始めるベテラン社員の葛藤が目に浮かぶようです。

さてまた仮名の本を用ふる徳は……

さて、弾正の筆は続きます。

一、この本仮名にていかゞなどゝありて、字に直したまふこと必ず御無用になさるべし。結句唯今字のところをも仮名に書きて尤もに候。但し、それもほん本を一冊字に書きて置き、その外に仮名の本を一冊置きて重ねて置き給へ。そのほん本とは信玄公五十七箇条の御法度書の事なり。
さてまた仮名の本を用ふる徳は、世間に学問よくして物よむひとは、百人の内に一、二人ならではなし。さるに付き、物知らぬひとも仮名をばよむものにて候間、雨中のつれゞゝにも無学の老若取りてよみ給ふやうにとの儀なり。

※『甲陽軍鑑』口書より

【意訳】さて、この本が仮名書きなのはみっともないとか言って、あえて格調高く漢文に直すなどはしないでもらいたい。逆に、中途半端な漢文の箇所を仮名書きに直すのは構わない。
ただし、その際には原文をキチンと写した上で、その註釈として仮名書きを添えておくのがよかろう。原文とは信玄公の定められた57箇条の諸法度を言っている。
仮名書きをあえて漢文に直さないメリットと言えば、無学の者でも読みやすいことである。そもそも読者の内で学問のある者は全体で1~2%もいない。仮名なら無学の者でも読めるので、雨の日の退屈しのぎにでも手にとって読んでもらえたらと考えてのことなのだ。

「そうそう、いくら立派な教えでも、読めなきゃ意味がないってモンよ」

……言葉はなるべく分かりやすく、簡潔に。知識やノウハウを伝える上でありがちな悪い癖は、ついついあれこれ盛り込んだり、カッコよく言葉や表現を飾ってしまったりすることです。

そりゃ教えている方は気分がよかろうけど、教わる方はさっぱり理解できないというのでは意味がありません。よい先生というのは、色々知っている先生ではなく、その知見を生徒と共有できる先生に外なりません。

例えば自分が10年かけて学んだことを、9年間(もちろん、早ければ早いほどよい)で生徒に伝授していく。その創意工夫こそがよりよい組織づくり、社会づくりに不可欠な良質の教育というものではないでしょうか。

終わりに

大事なことを伝えたいのに、細部が気になってしまって伝えられない……察するところ高坂弾正は、物の道理を知っていても弁は立たず、悔しい思いを少なからずしてきたのでしょう。

それで賢しらな者たちに後れをとり(深く物の道理を考えるより、目先の出世ばかり気にする追従者が幅を利かせ)、このままでは武田家を危うくしかねないという危機感が募って『甲陽軍鑑』の執筆を急いだのかも知れません。

細かいところは間違っていても、体裁の悪い文章でもいいから、とにかく後世に伝えねばならぬことがある……弾正の(ものとされる)文章が、数百年の歳月を越えてなお私たちを惹きつけるのは、そんな必死の思いゆえとも感じられます。

※参考文献:

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角田晶生(つのだ あきお)

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