調べてみた日本史

  1. 「人斬り半次郎」と呼ばれた 桐野利秋の実像

    薬丸自顕流の遣い手桐野利秋(きりのとしあき)は幕末の薩摩藩の武士であり、明治維新後は新政陸軍の少将まで務めた軍人です。西郷隆盛が征韓論を巡って政府を去ると桐野もこれに従って下野し、後に共に西南戦争を戦って志半ばで倒れると…

  2. 日蓮宗の僧侶が起こしたテロ・血盟団事件とは

    名前がなかった暗殺組織血盟団事件(けつめいだんじけん)は、日蓮宗の僧侶であった井上日召が…

  3. もう顔も見たくない!源実朝の怒りをなだめた北条義時のアドバイス【鎌倉殿の13人】

    昔から一日千秋(いちじつせんしゅう。一日が千の秋=千年にも感じられる)などと言うように、人を待つ時間…

  4. 「外国人から見た戦国時代の日本」 ルイス・フロイス編

    今回は前編のザビエルに引き続き、後編のフロイスである。ルイス・フロイスルイス・フロイ…

  5. 「外国人から見た戦国時代の日本」 フランスシスコ・ザビエル編

    今からおよそ480年前の天文12年(1543年)8月25日、種子島に漂着したポルトガル人が日…

  6. 「息子と同年齢の平敦盛を殺したことを悔んで出家」 熊谷直実 ~後編

  7. 「頼朝の窮地を救ったのは梶原景時だけではなかった」 熊谷次郎直実 ~前編

  8. 秀吉死去後、豊臣家を守り続けた加藤清正 【二条城の会見】

  9. 【戦国時代】合戦終了後の遺体はどう処理していたのか?

  10. 「板垣退助が討幕のために作った武力集団」 迅衝隊

  11. 首実検は戦国の世でどのように行われていたのか? 「首の表情で占いもしていた」

おすすめ記事

豊臣五奉行・増田長盛【豊臣家を滅ぼした元凶?】

増田長盛とは増田長盛(ましたながもり)は豊臣政権の五奉行の一人で、石田三成らと共に秀吉の…

サハラ砂漠は現地の言葉で訳すと「砂漠砂漠」だった!

アフリカに北部にある世界最大の砂漠・サハラ砂漠。その面積は1000万平方キロメートル…

関東管領上杉家について調べてみた【上杉謙信の誕生】

ここでは上杉謙信と上杉氏について取り上げたい。上杉謙信は越後国の守護代長尾為景の次男として生…

なぜイランはイスラエルとの全面戦争を避け続けるのか?3つの理由

イランとイスラエルの対立は、長らく中東情勢の不安定要因となってきた。代理勢力を介した衝突が主…

ローマ帝国を滅亡に導いたキリスト教

古代ローマは紀元前8世紀の建国から、1000年以上にわたって存続した大帝国でした。しかし3世…

京都嵯峨野の絶景トロッコ列車に乗ってみた 〜時速25キロで保津川渓谷の絶景旅

京都の人気観光地・嵯峨野嵐山と亀岡の間、7.3kmを保津峡沿いにゆっくり進む「嵯峨野観光鉄道・嵯峨野…

徳川家綱 【徳川4代目将軍】―武断政治から文治政治への転換

徳川家綱 は1641年、3代将軍の徳川家光の長男として誕生した。家綱には補佐する人物がい…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP