調べてみた日本史

  1. 秀吉の誤算!なぜ豊臣家は滅びたのか? 後編 「朝鮮出兵と秀次の死」

    前編では、天下統一に向けて邁進する秀吉の良き右腕であり参謀でもあった、弟・秀長と千利休の死をとりあげた。「人たらし」と呼ばれた秀吉は、この頃から少しずつ変貌していくのである。無謀な野望天正13年(1585年)秀吉は、…

  2. 秀吉の誤算!なぜ豊臣家は滅びたのか? 前編 「秀長と千利休の死」

    短命に終わった豊臣家豊臣秀吉は農民から身を起こし、天下人にまで上り詰めた日本史上最大の下…

  3. 『ブギウギ』解説 大正時代のエンタメ事情 ~「宝塚に落ちて松竹に入団した笠置シヅ子」

    NHK連続テレビ小説『ブギウギ』は、大坂の銭湯の看板娘・鈴子が「ブギの女王」と呼ばれる大スターになる…

  4. 【どうする家康 外伝】 なぜ伊奈忠家は、生涯に三度も徳川家を離れたのか?

    昔から「武士は七たび浪人してようやく一人前」などと言われるように、天下泰平の江戸時代はともかく、戦国…

  5. 関ヶ原合戦でも大活躍!信長・秀吉・家康に仕えた兼松正吉の武勇伝【どうする家康】

    「関ヶ原合戦図屏風」を見ていると、色んな武将たちが活躍していて面白いですね。そんな中、家康の…

  6. 卑弥呼の墓はどこにあるのか?「奈良の箸墓古墳こそが卑弥呼の墓説」

  7. 本気で卑弥呼の墓を探してみた! 第2回 「奈良の東田大塚古墳が卑弥呼の墓説」

  8. 家康に苦難ばかりが訪れた地獄の一年 【元亀元年~ 金ヶ崎の退き口、姉川の戦い】

  9. 【戦国一の正直者】 仏の高力清長とは ~秀吉も欲しがった三河三奉行 「能力値が高いマイナー武将」

  10. 「らんまん」牧野富太郎の死後 ~残された未整理標本40万枚の整理に60年

  11. 徳川家光に諫言しすぎて嫌われた 青山忠俊の心 ~「東京・青山の由来」

おすすめ記事

三方ヶ原の戦い ~こうすれば徳川家が滅亡し三河制覇できた

三方ヶ原の戦い(みかたがはらのたたかい)年月:1573年1月25日対戦相手:武田信玄VS徳川…

4000年前の古代中国人の身長ってどのくらい? 「驚きの発見」

時代と身長人類の平均身長は、国や時代とともに変化し続けている。2021年の調査によれば、…

青年期の西郷隆盛について調べてみた【西郷どん】

薩摩藩は4人に一人が武士であり、他藩に比べて生産力が低かった。そのために、武家の子供たちはあ…

【どうする家康】 石田三成は優秀な家臣だったのか? ~戦や内政の能力

はじめに石田三成については、豊臣秀吉に小姓として取り立てられ、後に秀吉にとって重要な家臣…

寛政の改革後の徳川家斉 【化政文化】

化政文化※松平定信松平定信による寛政の改革は厳しすぎるという反発が相次ぎ、松平定信は…

竹内久盛について調べてみた【柔術の創始者】

はじめに日本発祥の柔道の祖は嘉納治五郎、その元となった柔術を戦国時代に確立したのが 竹内久盛 (…

『神話・伝承で語られる名医』天上の癒し手たちと、江戸の奇怪なドクター伝説

医師とは、高度な専門知識と熟練した技術を必要とする職業であり、厳しい研鑽と選抜を経て、その道に進むこ…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP