調べてみた日本史

  1. 【取材】鎌倉武士の伝統文化「流鏑馬」人馬一体の絶技に歓声と拍手 -神奈川県鎌倉市

    令和5年(2023年)7月16日(日)9:00~13:30神奈川県鎌倉市・大日本弓馬会鎌倉教場(市内梶原字八丁面358-4)にて流鏑馬(やぶさめ)神事が執り行われ、多くの観覧者を熱気に沸かせた。流鏑馬(やぶさめ)は1…

  2. 【どうする家康】 織田信長の凱旋道中!徳川家康によるおもてなしがコチラ 「ぶらり富士遊覧」

    天正10年(1582年)3月11日、甲斐国天目山で武田勝頼(演:眞栄田郷敦)の自害により武田家が滅亡…

  3. 全身入れ墨の美人盗賊~ 雷お新 「伊藤博文を美人局で脅し、死後、入れ墨は人体標本に」

    明治の初め、美貌を武器に暗躍した雷お新という女盗賊がいました。全…

  4. 【どうする家康】 本能寺の変に“黒幕”はいるのか? 「世界史の法則」から考察する

    家康が信長を殺す?先日放送された「どうする家康」では、衝撃的なラストシーンが描かれました。…

  5. 京都No1の人気観光地「清水寺」は平安京の守護神・坂上田村麻呂が創建した蝦夷鎮魂の寺院だった

    人気観光地・京都でも常にNo.1の人気を誇る清水寺世界に名だたる観光地・京都。その中でも…

  6. 秀吉は薩摩人で明智光秀は二人いた? 明史-日本伝 【中国から見た秀吉と信長】

  7. 蘇我氏にまつわる謎を探る! 石積みの方墳「都塚古墳」の被葬者は誰だ?

  8. 【高天神城の戦い】本多忠勝と榊原康政、首級を多く上げたのはどっち?『信長公記』によると……【どうする家康】

  9. 手紙から覗える伊達政宗の親子関係 「1000通以上の手紙が現存、超筆マメな人物だった」

  10. 【どうする家康】「本能寺の変」の当日、家康はどこにいたのか?

  11. 幕末は戦国時代同様の下剋上状態だった? 将軍や藩主さえも殺されるかもしれない実情とは

おすすめ記事

戦国最強・武田軍団を作った信玄の働き方改革 「最低な家臣たちの活用術」

信玄が作った鉄の結束戦国時代、武士たちは主君に不満があれば別の主君に乗り換える者も多かった。…

首実検は戦国の世でどのように行われていたのか? 「首の表情で占いもしていた」

首実検(くびじっけん)とは、昔の日本の戦において武士が討ち取った敵の首級を持ち帰り、その身元…

大田南畝と天明狂歌とは 【江戸時代に爆発的ブームとなった狂歌】

太田南畝とは大田南畝(おおたなんぽ)とは、江戸時代の中期に爆発的な社会現象となった「天明…

濃姫(帰蝶)の謎だらけの人生【織田信長の妻】

はじめに濃姫と聞いてすぐ思い浮かぶのは「織田信長の妻」、マムシの道三と呼ばれた斎藤道三の娘で気の…

マリア・カロリーナの波乱の人生【マリーアントワネットの姉】

マリア・カロリーナ(1752~1814)とは、女帝マリア・テレジアと神聖ローマ皇帝フランツⅠ…

蘇我入鹿は本当に「悪人」だったのか?地元の想いが宿る『入鹿神社』に行ってみた

仕事を含め、プライベートでも奈良を訪れることが多い筆者が、奈良の昔と今を歴史を軸に紹介する紀行シリー…

【ブギウギ】 スズ子の楽団モデル「笠置シズ子とその楽団」とは? 苦しい音楽活動の末に解散

梅丸から独立し「福来スズ子とその楽団」を結成したスズ子。スズ子の実在モデル・笠置シヅ子も自身…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP