天海

  1. 天海のライバル・金地院崇伝【徳川幕府の礎を築いた黒衣の宰相】

    金地院崇伝(以心崇伝)とは金地院崇伝(こんちいん すうでん)は徳川家康の政治的ブレーンを務めた僧侶で、その絶大な権力によって「黒衣の宰相」とも称された人物である。家康の天下取りの総仕上げ「大坂の陣」のきっかけとなる、日本史史…

  2. 天海僧正は明智光秀だったのか?天海=光秀説の根拠を調べてみた

    戦国最大の謎とされる『本能寺の変』、首謀者の明智光秀が生きていて天海僧正となり、徳川家康から家光まで…

  3. 天海について調べてみた【江戸を霊的に設計した僧侶】

    歴史に名を残す人物には、影ながらそれを支えるブレーンがいた。特に「黒衣の宰相」と呼ばれる僧侶たちは、…

  4. 【畿内の大五芒星】東西の結界について調べてみた

    徳川家康が初めて江戸に入ったのは天正18年(1590年)のこと。豊臣秀吉が小田原攻めで関東の…

おすすめ記事

ポンペイはなぜ一夜にして消えたのか? 【石膏で復元された遺体】

西暦79年、イタリア・ナポリの近くの街「ポンペイ」が一夜にして消えた。文字通り「一夜にして」…

『ばけばけ』ハーンは、なぜ妻セツに英語を教えたがらなかったのか?放った「冷たい言葉」

ハーンと暮らすようになったセツは、会話に不便を感じ、英語を習得したいと思うようになりました。…

「武士の鑑」畠山重忠の子孫は江戸時代まで続いた?『系図纂要』を読んでみよう【鎌倉殿の13人】

元久2年(1205年)6月22日。鎌倉武士の鑑であった畠山重忠(はたけやま しげただ)が、無実の罪に…

【戦国史上最悪の籠城戦】 秀吉の鳥取城渇え殺し 〜「死肉を奪い合う城兵たち」

秀吉三大城攻め戦国一の出世頭といえば豊臣秀吉ですが、彼は城攻めに長けており生涯多くの敵城を攻め落…

終活で綴るエンディングノートとは? 「遺言書との違い」

自身が最期を迎えるとき、残された家族や友人にどんな想いを伝えておきたいかを改めて書き留めるとしたら、…

『140万年前』 人類の近縁種が、ヨーロッパ大陸を東から西へ移動していた

人類の近縁種「ホモ・エレクトス」2024年3月6日、学術誌『Nature』で「人類の近親…

防衛省が熊本に長射程ミサイル配備へ「射程約1000km」九州が防衛の最前

現在、日本の防衛政策は大きな転換期を迎えている。その中心に据えられているのが、敵基地攻撃能力…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP