豊臣氏

  1. 【関ケ原の戦い】 西軍敗北を招いたのは誰だ!その「戦犯」を探してみた

    どんなに歴史音痴の人でも、天下分け目の合戦「関ケ原の戦い」は耳にしたことがあるだろう。同合戦は、1600(慶長5)年10月21日(9月15日)に、美濃国不破郡関ヶ原、現在の岐阜県不破郡関ケ原町を主戦場として行われた。戦ったの…

  2. 関ヶ原の戦いは史上最大の情報戦だった 〜前編 「西軍についた毛利輝元は実はやる気満々だった?」

    関ヶ原の戦いとは慶長5年(1600年)9月15日、徳川家康が率いる東軍と、石田三成を中心…

  3. 豊臣家を内政・外政で支えた北政所ねね「信長まで魅了した、ねねの魅力と機智」

    大坂夏の陣で武家摂関・豊臣氏が滅亡慶長20年(1615年)5月8日正午。京都東山…

  4. 秀吉の「一夜城」は、どうやって建てられたのか? 「そもそも本当に存在したのか」

    豊臣秀吉の若い頃のエピソードには、かなりユニークかつ凄まじいものが含まれている。その中で…

  5. 秀吉の誤算!なぜ豊臣家は滅びたのか? 後編 「朝鮮出兵と秀次の死」

    前編では、天下統一に向けて邁進する秀吉の良き右腕であり参謀でもあった、弟・秀長と千利休の死をとりあげ…

  6. 秀吉の誤算!なぜ豊臣家は滅びたのか? 前編 「秀長と千利休の死」

  7. 【どうする家康】 石田三成は優秀な家臣だったのか? ~戦や内政の能力

  8. 浅野長政 ~朝鮮に渡ろうとしていた秀吉を「古狐が取り憑いた」と諫言

  9. 豊臣秀吉の墳墓と神社を破却せよ! ~家康と江戸幕府の非情すぎる行動とは

  10. 秀吉は薩摩人で明智光秀は二人いた? 明史-日本伝 【中国から見た秀吉と信長】

  11. 【戦国史上最悪の籠城戦】 秀吉の鳥取城渇え殺し 〜「死肉を奪い合う城兵たち」

おすすめ記事

諸葛瑾 ~呉の未来に大きな影響を与えた重臣

呉の重臣にして孔明の兄三国志には何組もの兄弟が登場する。兄弟で同じ勢力に仕えて日…

懐かしの築地グルメを振り返る【オススメ名店】

築地市場の移転 からもうすぐ1年です。築地の場内市場があった時代は多くの人が美味しい…

平清盛の病と死因 「寺を焼いた呪いか? 原因不明の熱病」

平安末期の源平合戦から江戸時代まで、ある者は戦に明け暮れ、ある者は権力者となった。そんな武将たち…

中国で急増する「ネズミ人間」とは何者か?若者に広がる静かな絶望とは

「ネズミ人間」中国では「老鼠人(ラオシューレン)」という言葉が流行しているという。…

中宮定子 ~清少納言が憧れた才色兼備の才女

日本人の才女と聞くと、平安時代を代表する才女、紫式部と清少納言を思い浮かべる方も多いのではないでしょ…

日本に定着したハロウィン文化 「ハロウィンの歴史」

日本における秋のイベントといえば『紅葉』が主流であったが、最近では10月が近づくにつれて、街中が「ハ…

笑わない武将 上杉景勝の生涯【謙信亡き後の上杉家を守り抜く】

上杉景勝とは上杉景勝(うえすぎかげかつ)は越後の龍と謳われた上杉謙信(うえすぎけんしん)の甥…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP