豊臣秀頼

  1. 二条城会見について解説「家康が驚異に感じた豊臣秀頼の才」

    家康の悩み天下分け目の戦いと言われた「関ヶ原の戦い」に勝利した徳川家康は、それで天下を取ったイメージがあるが、実は「関ヶ原の戦い」は豊臣恩顧の大名たちの武断派と文治派の争いという側面が強い。家康は五奉行筆頭であった石田三…

  2. 小早川秀秋は裏切り者ではなく優柔不断だった?!

    関ヶ原の戦いに終止符を打つ「裏切り」を演じた小早川秀秋。この事実により、後世では「裏切り者」「小心者…

  3. 千姫の波乱に満ちた生涯(德川家康の孫娘、豊臣秀頼の妻)

    ※千姫姿絵(弘経寺蔵)徳川秀忠の長女千姫は、わずか6歳で大坂城の豊臣秀頼に輿入れし、大坂冬の…

  4. 徳川秀忠【徳川2代目将軍】―意外に実力者だった―

    ここでは、1605年から江戸幕府2代目将軍になった徳川秀忠について取り上げる。まず、…

おすすめ記事

石川数正はなぜ家康を裏切ったのか? 【5つの説】 後編

秀吉の台頭「本能寺の変」の後、明智光秀を「山崎の戦い」で破った羽柴秀吉が、織田家の中で急…

感情という名の化物【漫画~キヒロの青春】㉞

キモい男【漫画~キヒロの青春】㉟へ僕は髪の毛が少ない …

万里の長城は時代と共に変化していった 「春秋、秦、漢、金、明」

中国大陸の誇る世界遺産万里の長城とは、中華人民共和国に存在する城壁の遺跡である。ユネスコ…

オディロン・ルドン 【幻想を描いた孤高の画家】~花恐怖症とは

読者の皆さんはオディロン・ルドンという画家をご存じだろうか。ルドンは印象派の巨匠クロ…

徳川家康、征夷大将軍に。 伏見城で勅使を迎えた当日の様子がコチラ【どうする家康】

時は慶長8年(1603年)2月12日、徳川家康は武家の棟梁である征夷大将軍に補任されました。…

戦国武将たちは戦のない平時(1日)をどのように過ごしていたのか?

戦国武将といえば戦ばかりしていたイメージがある。しかし平時には、大名は領地の内政や外…

杉田玄白は実はオランダ語ができなかった【解体新書の翻訳者】

玄白と解体新書杉田玄白(すぎたげんぱく)は江戸時代中期の蘭方医であり、歴史の教科書にも「…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP