軍記語り物研究会

  1. 織田信長は本当に「人間五十年」と謡(うた)ったのか

    はじめに信長は、快く湯漬を喰べ終ってから、その勝栗を二つ三つ掌に移して、ぼりぼり喰べ、 「馳走であった。……さい。あの小鼓をこれへよこせ」  鳴海潟とよぶ信長が秘蔵の小鼓であった。さいの手からそれを取ると、信長はそれを肩に当…

おすすめ記事

諸葛孔明の「天下三分の計」と周瑜の「天下二分の計」

天下三分の計とは三顧の礼の後にようやく出会った劉備玄徳と諸葛孔明だが、二人が初めて会った…

イタリアの統一について調べてみた

496年の西ローマ帝国崩壊の後、これまでローマ帝国一国で支配されていたイタリア半島は、東から来たゲル…

ミシシッピ計画について調べてみた 【世界三大バブル】

過去に世界三大バブルと呼ばれるバブルがありました。それは(チューリップバブル)(南海泡沫事件…

「あの有名神社まで」なぜ明治政府は神社の名前と神を変えたのか?

明治維新で社号や祭神が変更された「八坂神社」「金刀比羅宮」「談山神社」。いずれも全国的に知られ、…

古代中国の女囚はどう尋問されたのか?屈辱の刑と妊婦への拷問猶予

古代中国の刑罰制度古代中国における法は、国家の統治を支える根幹として発達した。為…

中国の人身売買が無くならない理由 「8人の子供の母親事件」

前編では中国の児童誘拐や人身売買の概要について解説した。今回は、人身売買が今もなくならない理…

死体に電気を流したら動いた…『フランケンシュタイン』の元ネタになった18世紀の実験

暗い部屋にビーカーや試験管が並び、その中でボコボコと得体の知れない液体が泡立っている。電気を…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP