津軽氏

  1. 津軽信枚について調べてみた

    戦国時代当時、本州最北端の地を収めていたのが津軽氏である。そして、関ヶ原の戦いという歴史のターニングポイントに立ち会い、後の津軽藩の礎を築いたのは津軽信枚(つがるのぶひら)であった。兄弟分かれての東西合戦信枚は、天正14…

おすすめ記事

ウィンチェスター・ライフルの歴史【西部劇の名脇役】

『駅馬車』『シェーン』『OK牧場の決斗』『拳銃無宿』『荒野の用心棒』これらのタイトルを懐かし…

なぜ中国はウクライナ戦争で沈黙を続けるのか?裏にある計算とは

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に大きな衝撃を与えた。多くの国…

蝦夷共和国の希望の船「開陽丸」とはどのような船だったのか? 【日本初の海底遺跡】

日本の支配体制が、従来の幕府政治・幕藩体制から、天皇を中心とした新政府に置き換わった時代が「幕末」で…

「いざ鎌倉」という言葉について調べてみた

「いざ鎌倉」という言葉がある。「小学館 全文全訳古語辞典」によると、この言葉の意味は…

ミイラとなった奥州藤原氏「藤原清衡ら4人の身長や血液型が判明」

平安時代、朝廷との円満な関係と信頼関係を築き、およそ100年もの間、平泉を中心に自治支配を行い独自の…

「ムササビとコウモリ」の妖怪伝承 ~空を舞う異形たち

「空を飛ぶ生物」といえば、多くの人が鳥や昆虫を思い浮かべるだろう。哺乳類の中では、コ…

松永久秀は本当に『戦国の三梟雄』だったのか? ~意外と悪者ではなかった説

松永久秀は『戦国の三梟雄』の一人として知られている。梟雄(きょうゆう)とは、残忍で勇猛な…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP