支倉常長

  1. 支倉常長【250年の時を超えてヨーロッパと日本を繋いだ武士】

    実は合同だった遣欧使節支倉常長(はせくらつねなが)は東北地方の雄・伊達政宗の家臣として、その命を受けて遠くヨーロッパまで赴いた稀有な人物でした。日本史の中では「慶長遣欧使節」として、政宗がヨーロッパに遣わした使節として知…

おすすめ記事

【お墓参りは高度成長期以降の新しい風習?】 先祖供養の歴史に迫る

お墓参りは、多くの日本人にとってご先祖様に深い敬意や感謝を表す大切な儀式です。しかし…

【米軍の残飯シチューに大行列】 闇市(ヤミ市)とは

第二次世界大戦の敗戦後、非公式のルートから入手したものなどを売買していたという 闇市(やみいち)。…

【鎌倉殿の13人】立場?そんなの関係ねぇ!京都洛中で喧嘩に加勢した侍所別当・和田義盛のやんちゃぶり

「もし佐殿が天下をとったら、それがしを侍所の別当に……」……和田小太郎義盛補侍所別當。是去八月石…

中世ヨーロッパの迷信的な治療法 「トレパネーション、水銀風呂、ミイラの粉」

医療は人類の歴史とともに進化してきましたが、その過程には、現代では信じられないような医療行為や治療法…

ヴェルサイユだけじゃない!ヨーロッパ古城を彩る「鏡の部屋」の魅力

ヨーロッパの古城には、見る者を魅了してやまない煌びやかな「鏡の部屋」が数多く存在します。…

【三国志】諸葛亮の涙「なぜ馬謖は処刑されなければならなかったのか?」

「泣いて馬謖を斬る」という言葉を聞いたことがある人は多いのではないでしょうか?これは、中国の…

中国史上唯一、火葬された皇帝──その“異例すぎる”最期とは?

古代中国の皇帝の埋葬方法中国は悠久の歴史の中で、幾多の王朝が興亡を繰り返してきた。各時代…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP