お互いに助け合った義昭と信長の関係1573(元亀4/天正元)年7月2日、室町幕府第15代将軍・足利義昭は、京都郊外・宇治の槇島城にいた。同城は、幕府奉公衆・真木島昭光の居城で、巨大な巨椋池に浮かぶ島である槇島に築かれた堅…
明智光秀像(本徳寺蔵)日本史上最大のクーデターと言える本能寺の変で主君織田信長を討っ…
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現代社会では、多様性やジェンダーをめぐる議論が盛んに行われている。しかし、こうしたテ…
プライドウィークにダイバーシティを考える2020年4月25日から5月6日は「プライドウィーク」だ…
前回の記事「【カール大帝と西ヨーロッパの成立】 権威と権力の違いとは?」では、フランク王国による西ヨ…
前編では、家康が「終活」として天皇や宗教勢力、外様大名を封じ込めるために発布した各種の法度について解…
「カミングアウトって知ってる?」そう聞かれたら、あなたはこう答えるだろう。「自分の隠…
「死に様は生き様」とはよく言ったものだ。人生の最期には、その人物がこれまでどのように…
新選組といえば、江戸時代末期、京都にて尊王攘夷派の弾圧のため活動した剣客集団のことである。…
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