お互いに助け合った義昭と信長の関係1573(元亀4/天正元)年7月2日、室町幕府第15代将軍・足利義昭は、京都郊外・宇治の槇島城にいた。同城は、幕府奉公衆・真木島昭光の居城で、巨大な巨椋池に浮かぶ島である槇島に築かれた堅…
明智光秀像(本徳寺蔵)日本史上最大のクーデターと言える本能寺の変で主君織田信長を討っ…
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奈良の平城京跡の北側に広がる佐保路と読ばれるエリアには、聖武天皇の后・光明皇后ゆかりの寺院、海龍王寺…
報復兵器第1号V-1(ブイワン・ドイツ語ファオ-アインス)号は、第二次世界大戦末期にドイツ空…
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桜井市から奈良市へと至る古道に、有名な「山の辺の道(やまのべのみち)」があります。こ…
歴史上、感染症が原因で多くの人間が死に至った。ペストは14世紀にヨーロッパの約3分の1を死亡させ…
1941年、真珠湾攻撃を皮切りに太平洋戦争が開戦しました。しかし、1942年のミッドウェー海…
槍の又左衞門の異名前田利家(まえだとしいえ)は織田信長・豊臣秀吉の2人の天下人に仕え、そ…
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