草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。 編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。
壮絶な自決川路聖謨(かわじとしあきら)は、江戸時代末期の幕臣であり低い身分から御家人、旗本となって様々な奉行職を歴任した人物です。川路は幕末にあって長崎へと来航したロシアのプチャーチンとの交渉にあたり、日露和親条約の締結…
奈良県奈良市にある東大寺といえば 大仏さま が有名である。大仏殿に入ると大仏さまの高さ約18…
清朝中国の長い歴史の中で、数多くの王朝が興っては消えていった。その封建統治の最後の王…
映画ラストサムライの世界観西南戦争は、明治10年(1877年)の2月19日から9月24日…
その国の装飾文化を伝える手法といわれる刺繍や伝統技法には、色彩で表現される美しさや、良縁や健…
今回は三国志の時代で一番の強国であった魏を見てみようと思う。魏は220年~265年の45年間…
日本の支配体制が、従来の幕府政治・幕藩体制から、天皇を中心とした新政府に置き換わった時代が「幕末」で…
ポーランドの芸術家・ズジスワフ・ベクシンスキー(1929~2005)は、「終焉の画家」「滅びの画家」…
「禁断の聖域」日本の天皇は、今上天皇を含めると126代を数える。ただし、初代・神…
前回:ステルス技術の進化について調べてみた その1研究者、技術者というのは常に貪欲でなければ…
鎌倉市の北、山間に包まれるように建つ龍寶寺(りゅうほうじ)。戦国大名・後北条氏の菩提寺として…
築山殿の暗殺と信康の切腹天正7年(1579年)8月29日、家康の正室・築山殿(瀬名姫)が…
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