調べてみた三國志

  1. 関羽は本当に強かったのか?【活躍のどれが史実でどれが創作なのか】

    関羽は演義で最も得をした男?ゲームやドラマに於ける三国志の楽しみは一騎打ちである。(勿論政治も面白いが、ゲームで自分が君主となって内政を行う場合は一つの領地が潤って他の領地を支援出来るようになれば、後は充実した戦力でNPCを滅ぼ…

  2. 劉備の旗揚げから苦楽を共にした「古参の悪友」簡雍はかく語りき【三国志】

    私事で恐縮ですが、筆者(角田)はよく苗字を「かくた」と読み間違えられてしまいます。あるいは「すみだ」…

  3. 諸葛恪 〜性格の悪さで身を滅ぼした天才【諸葛瑾の息子で諸葛亮の甥】

    名門 諸葛一族に生まれた天才三国志屈指の名門である諸葛一族は、それぞれ呉と蜀の重臣として…

  4. 周泰のエピソード「傷だらけになって孫権を守り抜いた三国志の豪傑」

    「柱の傷はおととしの 五月五日の背くらべ……」※海野厚「背くらべ」他人から見ればどうでもいい…

  5. 三国志のスピンオフ作品『花関索伝』のヒロイン・鮑三娘「プロポーズは勝負の後で…」

    三国志には、史実『三国志』にはもちろん、歴史小説『三国志演義』にも登場しないけど、読者から人気を誇る…

  6. 王忠の史実エピソード 『三国志演義』に描かれなかったマイナー武将の意地

  7. 周倉の武勇伝・どこまでも関羽ひとすじ…『三国志演義』の名脇役

  8. 諸葛瑾 ~呉の未来に大きな影響を与えた重臣

  9. 馬超は五虎大将軍で最も影の薄い男だった「潼関の戦いのみの一発屋」

  10. 『水滸伝』の関勝、実在の武将だった「関羽の子孫?設定からしてフィクションっぽい」

  11. 桓帝 「後漢末期の流れを作った皇帝」宦官vs清流派

おすすめ記事

【毛沢東は歯磨きが大嫌いだった】 主治医が明かした不衛生な口内環境

毛沢東の主治医・李志綏(り しすい)とは毛沢東は、中国共産党を率い、近代中国の形成に大き…

最期は自分の顔面を…公暁に仕えた稚児・駒若丸(三浦光村)の過激な生涯【鎌倉殿の13人】

建保5年(1217年)6月20日、京都での修行から鎌倉へ舞い戻った公暁(演:寛一郎)。彼は鶴岡八幡宮…

『トランプ政権』在韓米軍4500人撤収検討か?〜朝鮮戦争再来のリスクとは

トランプ政権が在韓米軍約2万8500人のうち4500人を撤収し、グアムなどインド太平洋地域の他の拠点…

武田信玄(晴信)の初陣に敗れた豪傑・平賀源心(玄信)。その子孫はどうなった?

時は天文5年(1537年)12月26日。信濃国海之口城(長野県南佐久郡南牧村)が攻略され、城主の平賀…

『毛沢東の息子はなぜ戦死したのか』チャーハンを炒めて爆撃された説は本当か?

毛沢東の子供たち中華人民共和国の建国者・毛沢東には複数の子供がいたとされている。…

徳川家の家紋について調べてみた 「松平家と葵紋、本多家と三つ葉葵」

戦乱の時代の主役である戦国武将たち。彼らの家紋にも様々な物語が秘められている。特に徳川家の「…

【織田信長にまつわる女性たち】信長の後継者たちの母・生駒吉乃の真実とは

【織田信長をめぐる女性たち】では、信長にまつわる女性たちにスポットを当て、その真実の姿に少し…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP