調べてみた江戸時代

  1. 浜松城へ行ってみた【続日本100名城 観光】

    浜松城の歴史永禄11年(1568年)12月6日、甲斐国の武田信玄が駿河今川領への侵攻を開始すると(「駿河侵攻」)、徳川家康は、今川領割譲を条件として、武田信玄と同盟(「駿遠分割領有の密約」)を結び、遠江今川領へ侵攻しました(「遠江侵…

  2. 吉田城へ行ってみた【続日本100名城】

    吉田城の歴史吉田城(よしだじょう。愛知県豊橋市今橋町の豊橋公園)がある「吉田」は、東海道53…

  3. 山内一豊 〜「内助の功」でも知られる遅咲きの強運な武将

    「内助の功」と強運山内一豊(やまうちかつとよ)は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康に仕えた武将で、…

  4. 長井雅楽【現代的な航海遠略策を唱えるも切腹に追い込まれた武士】

    長井雅楽 吉田松陰との違い長井雅楽(ながいうた)は、幕末の長州藩士であり「航海遠略策」という…

  5. 織田長益【信長の実弟にして秀吉・家康に仕えた武将】

    有楽斎として高名織田長益(おだながます)は、織田信長の実弟に当たる武将・大名ですが長益より、…

  6. 仙石秀久について調べてみた【人気漫画センゴクの主人公】

  7. 「天然痘」予防の普及に迷信と戦った医師・緒方洪庵

  8. 浅野長政 ・豊臣の五奉行筆頭でありながら徳川にも重用された大名

  9. 浅野内匠頭について調べてみた【赤穂浪士たちが忠誠を尽くした藩主】

  10. 葉隠(はがくれ)【戦前は軍国主義のそしりを受けるも忠義を説いた書】

  11. 真田昌幸【徳川軍を2度撃退し家康から恐れられた智将】

おすすめ記事

家康の側室は未亡人ばかりだった ~側室たちを解説【どうする家康】

徳川家康には2人の正室、側室は少なくとも17〜20人おり、11男5女をもうけている。正室は「…

浅野長政 ~朝鮮に渡ろうとしていた秀吉を「古狐が取り憑いた」と諫言

浅野長政とは浅野長政(あさのながまさ)とは、織田信長・豊臣秀吉に仕え、豊臣政権では五奉行…

清朝の姫たちは爪がものすごく長かった 「西太后の爪は20センチ」

清朝中国の長い歴史の中で、数多くの王朝が興っては消えていった。その封建統治の最後の王…

大久保忠世 「信玄、信長、秀吉に称賛された徳川十六神将」

大久保忠世とは大久保忠世(おおくぼただよ)は徳川家康に仕えた、徳川十六神将の一人に数えら…

『750年前の南宋時代ちまきが発掘』 端午の節句「ちまき」の起源とは

端午の節句筆者が在住する台湾では、端午の節句に「ちまき」を食べる風習があるが、日本のそれ…

2026年大河【豊臣兄弟】 主役の豊臣秀長と腹心・藤堂高虎の深い絆とは

2026年の大河ドラマは「豊臣兄弟」である。物語は豊臣秀吉と、その弟である豊臣秀長を…

漢帝国を陰で操った「最凶の頭脳」陳平 ~韓信を罠にかけ、呂一族を滅ぼす

紀元前3世紀末の古代中国。秦帝国の滅亡によって大陸は再び群雄割拠の時代に入り、漢の劉邦と、楚…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP