江戸時代

幕末の大老 井伊直弼と桜田門外の変

井伊直弼(いいなおすけ)は彦根藩に生まれた。

井伊直弼の父は直中で、直弼は初代藩主直政から数えて15代目にあたる。井伊直弼は14男として生まれたため、本来は跡継ぎになる見込みはほとんどなかった。

しかし、兄たちが若くして死亡したため、藩主になることができた。

大老に就任した井伊直弼

幕末の大老 井伊直弼と桜田門外の変

※「井伊直弼像」 狩野永岳筆 彦根城博物館蔵 万治元年 (1860年)

井伊直弼が大老に就任する前、江戸幕府はペリーが浦賀に来航したことで混乱していた。

当時の老中阿部正弘は朝廷や外様大名など広く意見を求めようとしていた。結果として、朝廷や外様大名の発言力を高めることになり、幕府の求心力が弱くなったと言われている。老中の阿部正弘は開国して数年後に病気により死亡した。

阿部正弘の後を受けて老中になったのは堀田正睦で、井伊直弼は臨時に置かれる大老に就任した。アメリカからハリスが下田に来日していて、通商条約を結ぶように求めた。老中堀田正睦は朝廷に勅許を求めたが、外国人嫌いの孝明天皇は勅許を出すことを拒否した。勅許を何度も求めても朝廷の態度は変わらなかったことから、大老の井伊直弼は勅許を得ることなく、強引に日米修好通商条約を締結することを決意した。

この条約調印に対して、天皇の勅許を得ていないことから反発が起こった。条約調印に対する反発だけでなく、13代将軍徳川家定に世継ぎの誕生が期待できないことから後継者争いも起こっていた。

13代将軍徳川家定の後継者争いの図式は次のとおりである。

井伊直弼は血筋を重視して徳川家斉の孫である紀州藩主の徳川慶福(後の家茂)を推していた。この派閥を紀州派という。一方で、当時徳川慶福は10代前半で、外国船が来たことによる危機的状況を乗り切ることができないとして反対する意見があった。このような危機的状況を乗り切るためには聡明な一橋慶喜しかいないという理由で推す動きも見られた。この派閥を一橋派という。

この後継者争いに対して、井伊直弼は14代将軍を徳川慶福(将軍になってから家茂)にすることを決め、反対派である一橋派を弾圧した。前水戸藩主の徳川斉昭と一橋慶喜は蟄居謹慎処分となり、福井藩の橋本佐内や長州藩の吉田松陰は処刑された。この処分に反発して、水戸藩士が桜田門で白昼堂々井伊直弼を暗殺した。

この事件を桜田門外の変という。この暗殺事件によって幕府の権威は失墜した。

桜田門外の変後の徳川幕府と彦根藩

※桜田門外の変

井伊直弼は桜田門外の変で暗殺され、その生涯を閉じた。

桜田門外の変の後、幕府は権威を取り戻すために公武合体を始めた。14代将軍徳川家茂の正室に皇女和宮を迎えるということで、幕府の権威を高めることができると期待されたが、老中安藤信正が坂下門外の変で負傷し、失脚した。

その後、14代将軍徳川家茂が自ら大坂城に出陣して長州征伐の指揮をとったが、長州藩の高杉晋作が編成した奇兵隊に敗れた。この長州征伐は将軍家茂が大坂城にて病気で死亡したことに伴い、休戦することになった。

家茂が病気で死亡したことを受けて、15代目将軍に徳川慶喜が就任するが、倒幕の密勅が下ったことを知って政権を朝廷に返上することを決めた。このことを大政奉還という。大政奉還により江戸幕府は終わり、戊辰戦争を経て明治新政府に移行する。

桜田門外の変後の井伊家については井伊直弼の後、彦根藩最後の藩主として井伊直憲が就任した。井伊家は琵琶湖の交通の要所とされていた彦根を直継代から約260年にわたって幕末まで治めてきた。明治新政府に移行後、直憲の孫について、長年彦根市長を務めた直愛(なおよし)と彦根城博物館の初代館長となった直弘がいたという記録が残っている。

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