調べてみた安土桃山時代

  1. 朝倉滅亡で大混乱!越前一向一揆とは?わかりやすく解説【豊臣兄弟!】

    天正元年(1573年)8月、織田信長が攻めて来たことと、一族の朝倉景鏡に裏切られたことで朝倉義景は自害。ここに越前の戦国大名・朝倉氏は滅亡したのでした。果たして越前国が織田家に掌握されたかと思えば、そう一筋縄では行かなかった…

  2. 信長が京で大パレードした「藤戸石」その裏にあった漁夫殺しの残酷な逸話【豊臣兄弟】

    「天下人の石」と呼ばれ、代々、時の権力者に引き継がれた「藤戸石(ふじといし)」をご存じでしょうか。…

  3. 「城の下に埋められた人々」人柱伝説はどこまで本当なのか

    福井県の丸岡城に、お静という女性の伝説が残っている。天正四年(1576年)、柴田勝家…

  4. 飢餓を恐れた加藤清正が「熊本城」に施した秘策とは

    肥後熊本の初代藩主である加藤清正は、その功績から数々の異名を取った人物である。「肥後…

  5. 『信長の幻の上洛計画』小牧山城は単なる美濃攻めの砦ではなかった

    1568年(永禄11年)、織田信長は足利義昭を奉じて上洛を果たしました。この働きにより、義昭…

  6. 北陸の名門・朝倉義景はなぜ滅んだ?信長に敗れる前から起きていた内部抗争

  7. 5000人を動員した秀吉の「吉野の花見」伊達政宗が山伏に変装して大ウケ

  8. 豊臣秀吉はなぜ衰弱したのか 〜精が尽きる病とされた「腎虚」とは

  9. 「明智光秀は容姿端麗だったのか」史料が語る外見と性格、謎の前半生

  10. 豊臣秀次は本当に冤罪か? 聚楽第外堀の拡張が示す謀反計画の可能性【秀次切腹事件】

  11. 信長が重用した得体の知れぬ「世上の人」とは 〜秀吉や光秀がのし上がれた理由

おすすめ記事

秀吉は薩摩人で明智光秀は二人いた? 明史-日本伝 【中国から見た秀吉と信長】

はじめに1590年(天正18年)、長きに渡る戦国乱世を終わらせた天下人豊臣秀吉は、世界の…

【テロ組織】イスラム国(IS)が復活する恐れはあるのか?脅威が再び注目

2019年にシリアで壊滅したとされるテロ組織「イスラム国(IS)」だが、その脅威が再び注目されている…

大阪にあった幻の都「難波宮」の史跡を歩いてみた 『大阪歴史散歩』

古代の宮都・難波宮とは大阪が「水の都」と呼ばれているのを御存じだろうか?現在の大…

『文豪トルストイの意外な最期』 妻に過去の女性遍歴を暴露、夫婦仲が悪化し82歳で家出

帝政ロシアの文豪であり思想家として知られるトルストイ。代表作である『戦争と平和』や『…

【世界三大美女】クレオパトラの真の素顔 「実はエジプト人ではなかった」

実はエジプト人ではなかった!クレオパトラの出生エジプト王朝、最後の女王として有名なクレオパト…

【裏切りだらけの戦国時代】名将たちの見事な人心掌握術とは「上杉謙信、徳川家康、毛利元就 他」

名将たちの人心掌握術下剋上が当たり前だった戦国時代において、戦国大名たちはいつ家臣から謀反を起こ…

誕生日石&花【2月1日~10日】

他の日はこちらから 誕生日石&花【365日】誕生日石のご購入なら品数が豊富なパワーストーン専…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP