調べてみた日本史

  1. 『将軍に直接重税を訴えた伝説の農民』 佐倉惣五郎 ~嫁と子ども4人全員死刑

    佐倉惣五郎とは佐倉惣五郎(さくらそうごろう)とは、江戸時代初期の下総国佐倉藩主・堀田正信の苛政に苦しむ農民を救うために、自分の身を犠牲にして第4代将軍・徳川家綱にたった1人で直訴した人物である。その訴えは聞き届けられて佐…

  2. 「奈良時代の仏教は現代とは違う?」 伝来当時の日本仏教について解説

    現代の日本人は、特定の宗教に依存しない無宗教の人が多い。しかし、日常生活の中では「神道」…

  3. 『茶器と一緒に爆死した男』 松永久秀は茶の湯を愛する文化人だった

    松永久秀(まつながひさひで)といえば、茶器「平蜘蛛」とともに爆死したことで知られています。久…

  4. 『織田信長の小姓・森蘭丸』 信長の「自慢ベスト3」に入るほど有能だった

    織田信長といえば戦国時代の三英傑の一人にも数えられ、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」と詠まれたよ…

  5. 『戦国時代で身長190cm』 藤堂高虎 ~主君を何度も変えながら成り上がった「築城の名手」

    藤堂高虎は、津城や伊賀上野城・今治城・宇和島城など、多くの城の改修や縄張りで有名です。黒田孝…

  6. 命がけの合戦中でも「メイク」を欠かさなかった戦国大名とは

  7. 築城三名手 「黒田孝高、加藤清正、藤堂高虎」の築城の特徴

  8. 『夜の営みの回数を日記に記録』 小林一茶の絶倫すぎる夫婦生活

  9. 蛇の怨霊に憑り殺された藤原道兼の長男・福足君とは 【光る君へ】

  10. 尼子晴久の残念な最後 「戦の天才・毛利元就を何度も破るも、水浴びで急死」

  11. 『最後の将軍・徳川慶喜』 なぜ味方を見捨てて「敵前逃亡」したのか?

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明智光秀「……三河の方々は、いささか臆病に過ぎるようですなぁ。足手まといにならぬとよいが」※…

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