戦国時代

【義理人情なし!】 すぐに裏切る『ギリワン』戦国武将4人衆とは

すぐに裏切る『ギリワン』戦国武将4人衆
歴史や戦国時代が好きな人は、コーエーのゲーム『信長の野望』をプレイしたことのある人も多いだろう。

『信長の野望』シリーズは、2018年時点で1000万本以上の累計出荷数となっており、後年に続く「ワード」まで生み出している。

その中の一つが『ギリワン』だ。

今回は、この『ギリワン』の解説と、それにまつわる武将を紹介したい。

『ギリワン』とは

すぐに裏切る『ギリワン』戦国武将4人衆

画像 : 松永久秀 public domain

まずは今回の本題である『ギリワン』について解説する。

この言葉は『信長の野望 革新』で誕生した言葉で、『ノブヤボ用語』『ノブヤボ語録』と呼ばれるものの1つである。

『ギリワン』とは、それぞれの武将に設定された君主に対する『義理』のパラメーターが、最低値の『1』という意味だ。
この数値は最大100なのだから、1がどれだけ少なすぎる数値なのかは分かるだろう。

シンプルに言うと『とてつもなく裏切りやすい人間』という評価を、当時のコーエーにされた武将ということだ。

ちなみに、これだけ義理が低いと高確率で寝返りをされるので、高難易度モードでプレイした時は『ギリワン』武将を前線に出すのは無理である。(姫を嫁がせて一門にすれば義理の数値はなくなり裏切らなくなるので、使いたいなら一門にするしかない)

作品によって『義理』のパラメーターは異なっているのだが、革新がかなりの名作でプレイした人も多くいたことから、この『ギリワン』という『ノブヤボ用語』が広まったのである。

具体的にこの『信長の野望 革新』で、義理が1に設定されていたのは以下の4人である。

松永久秀
斎藤道三
藤堂高虎
・宮部長房

この4人は、戦国時代が大好きな人達にとってはイメージしやすいメンバーだろう。

『ギリワン』4人衆を掘り下げる

基本的に史実において「裏切り・暗殺・寝返り・だまし討ち」など卑劣な行動がある武将は『義理』の設定値は低くなり、逆に主君に殉じるなど好印象な逸話がある武将は高く設定される。(石田三成98、大谷吉継99、片倉景綱91、直江兼続99 など)

義理が高い人物についても別途取り上げたいが、ここではこのギリワン4人衆を掘り下げる。

●松永久秀

すぐに裏切る『ギリワン』戦国武将4人衆

画像 : 平蜘蛛を割る松永久秀。落合芳幾画 public domain

松永久秀は『戦国ボンバーマン』というあだ名すらある人物だが、織田信長を2回も裏切っていることで有名である。

さらに足利義輝暗殺にも加担したという事もあり、このような評価となっている。(主犯は三好三人衆で松永久秀は関与してない説もある)

最近では三好長慶三好義継に尽くした忠信という声もあるが、まさにギリワンの代名詞となっているのが松永久秀なのだ。

ちなみに信長シリーズの『武将風雲録』『覇王伝』『天翔記』『将星録』では驚愕の義理0、『天下創世』『天道』では義理1である。
それ以外のシリーズにおいても、基本的には全て低い設定をされている。

まさにギリワン筆頭である。

●斎藤道三

画像 : 斎藤道三 public domain

斉藤道三は、美濃の戦国大名であり油売りから成り上がった人物である。そして「日本三大梟雄」の一人としても有名だ。

最後は息子・義龍の手にかかり命を落とすという壮絶な人生をたどっているが、成り上がるために裏切り・寝返り・毒殺・暗殺などを多く行ってきたことでこの評価となっている。

どこまでが真実かわからないが、美濃の国盗りをする際には、将来的に邪魔になりそうな味方まで排除したとされている。

あまりにも狡猾過ぎるその手腕から「マムシ」というあだ名までつけられている。

納得のギリワン武将と言えそうだ。

●藤堂高虎

画像 : 藤堂高虎 public domain

藤堂高虎は、人によって評価がかなり分かれる人物で、1556年から1630年まで生き延び、最終的には外様大名でありながら伊勢津藩の初代藩主となっている。

城作りの名人であり、その界隈からは、黒田孝高、加藤清正と並び『築城三名人』とも評されている。

これほど有能な高虎がギリワンとなった理由は「主君を何度も変えている」ことにあるだろう。

藤堂高虎の主君の遍歴は以下である。

浅井長政(同僚を諍いで殺めて出奔)⇒ 阿閉貞征(同僚が指示に従わなかったことで殺めてしまい出奔)⇒ 磯野員昌津田信澄(評価されなかったことで出奔)⇒ 羽柴秀長(評価されたため、病没するまで付き合う)⇒ 羽柴秀保(早世したので出家し高野山にこもる)⇒ 豊臣秀吉(説得させて還俗し大名に)⇒ 徳川家康(豊臣家分裂後、家康方に)

主君が8人も変わっているというのはなかなかに凄まじい。

それでも、羽柴秀長には最後の最後まで忠勤を尽くしており、実際にはギリワンというほど義理が低いというわけではなさそうである。

●宮部長房

宮部長房(みやべ ながふさ)は、先に紹介した3人と比べると圧倒的に知名度が落ちる人物だ。

秀吉に仕えた宮部継潤(みやべ けいじゅん)の嫡男である。継潤は武勇に優れていたことで知られており、継潤が隠居したことで長房が家督を継いだ。

長房は、関ヶ原の戦いでは当初東軍についており、その前の家康の会津征伐にも500人を率いて従軍していた。

しかし、途中で心変わりして陣中から抜け出したが、移動のための船が見つからず、右往左往している間に家臣たちとも離れ離れになった。

そのまま朝を迎えたところで徳川軍に見つかり、捕縛された。

その後、死罪になりかけたが家臣たちの助命嘆願もあり(家臣2人は切腹)、赦免され、身柄は南部利直に預けられ、現米123駄70人扶持(約460石)を給されて暮らしたという。

裏切った上に戦わないまま捕まり、家臣の切腹により細々と生きながらえたという逸話が厳しく評価されたのか、『信長の野望 革新』でのパラメータは統率21・武勇13・知略22・政治36となっている。

ギリワンというほど義理は低くなさそうだが、あまりにお粗末な逸話からギリワンになったと考えられる。

主君に忠誠を誓い華々しい活躍をした者、裏切りや騙し討ちをした者、お粗末な結末を迎えた者など、様々な人間模様は歴史の大きな魅力の一つである。

 

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草の実堂編集部

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草の実学習塾、滝田吉一先生の弟子。
編集、校正、ライティングでは古代中国史専門。『史記』『戦国策』『正史三国志』『漢書』『資治通鑑』など古代中国の史料をもとに史実に沿った記事を執筆。

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