調べてみた

  1. 「外国人から見た戦国時代の日本」 フランスシスコ・ザビエル編

    今からおよそ480年前の天文12年(1543年)8月25日、種子島に漂着したポルトガル人が日本に鉄砲が伝えた。それから6年後の天文16年(1549年)8月、薩摩に再びヨーロッパ人が上陸した。このヨーロッパ人こそ、日本に初…

  2. 「息子と同年齢の平敦盛を殺したことを悔んで出家」 熊谷直実 ~後編

    今回は前編に引き続き後編である。熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)は、平安時代末期から鎌…

  3. 「頼朝の窮地を救ったのは梶原景時だけではなかった」 熊谷次郎直実 ~前編

    熊谷次郎直実とは熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)は、平安時代末期から鎌倉時代初期に…

  4. 秀吉死去後、豊臣家を守り続けた加藤清正 【二条城の会見】

    虎退治で名を馳せた戦国の猛将 加藤清正豊臣秀吉子飼いの武将として、天下統一を最前線で支えた。…

  5. 【戦国時代】合戦終了後の遺体はどう処理していたのか?

    日本史において戦国時代は大変人気のある時代である。日本各地で大名たちが戦を繰り広げ、…

  6. 「板垣退助が討幕のために作った武力集団」 迅衝隊

  7. 首実検は戦国の世でどのように行われていたのか? 「首の表情で占いもしていた」

  8. 「滅びゆく徳川幕府に殉じた忠臣」 川路聖謨(かわじとしあきら)

  9. 徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 後編 「家康死後、豹変した秀忠がやったこと」

  10. 夢はでっかく美濃・尾張!頼朝の父・源義朝を闇討ちした長田忠致の末路【鎌倉殿の13人】

  11. 徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 前編【関ヶ原の戦いで大遅刻】

おすすめ記事

伝わることが何より大事!武田二十四将・高坂弾正が『甲陽軍鑑』に記した思い

こういう人、職場とかにいませんか?「キミ、報告書のこの表現なんだけど……」例えば「A…

立憲政治を守れ!「憲政の神様」犬養毅の闘い 【普通選挙を成立させる】

犬養毅とは昭和7年5月15日、海軍青年将校ら9人が首相官邸を襲撃した「五・一五事件」、殺…

『実践女子学園の創設者』 下田歌子 ~日本女子教育の礎を築いた生涯

下田歌子は、日本の女子教育の先駆者であり、「実践女学校」を創設した歌人であり教育者です。彼女…

『中国は台湾を攻めるのか?』2027年に台湾有事が起きるとされる理由とは

近年、台湾海峡を巡る緊張が高まっている。特に、2027年が台湾有事の潜在的リスクの年として注目されて…

【今は亡き世界最凶スラム街】九龍城砦の歴史 〜人々を魅了し続ける東洋の魔窟

「九龍城砦(きゅうりゅうじょうさい)」とは、かつて香港に存在した城塞、およびその跡地に建設さ…

アラモ砦の戦い【映画にもなったテキサス独立叙事詩】

アクション映画などにおいて、米兵が危機に陥ると、「アラモ砦だ!」と言っているのを聞いたことはないだろ…

フランス革命を成功させた道具とは? 「支配とは暴力である」

はじめに前回の記事「なぜ第一次世界大戦は起きたのか? 「国民国家」という暴力装置」では、フランス…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP