調べてみた

  1. 江戸城には天守が3つあった 「なぜ将軍が代わると新しく天守を築いたのか?」

    江戸城の天守閣徳川家康が豊臣秀吉の命で関東に移封されて江戸に入国した当時の江戸城は、太田道灌が康正3年(1457年)に築城したものでとても荒れ果てていた。家康が天下分け目の「関ヶ原の戦い」で勝利し、征夷大将軍に就任した慶…

  2. ヨーゼフメンゲレ 〜南米に逃亡したナチス狂気の医師

    アウシュビッツでの生体実験ヨーゼフメンゲレ は、悪名高きかのアウシュビッツ強制収容所にお…

  3. 「樺太」をめぐる日本とロシアとの因縁 ~【樺太の戦いで郵便局員女性が集団自決】

    現代の日本社会で「日本」を思い浮かべるとしたら、北は北海道から、南は沖縄あるいは「沖ノ鳥島」を思い浮…

  4. マヨネーズは昔「1700円の高級品」だった 【日本では大正時代に初めて発売】

    現在、日本のどこの食卓にもあるであろうマヨネーズ。「マヨラー」という言葉が生まれるほ…

  5. 江戸時代は超高級魚だった 「初鰹」

    現代では高級魚といえばマグロですよね。お正月の初競りではおよそ3億円の値がついた、なんてニュース…

  6. 「お好み焼き屋」はかつて男女が密会する怪しい場所だった

  7. なぜ豊臣家は滅んだのか? 理由や原因を考察

  8. 「藤原氏の祖」となった中臣鎌足 ②【乙巳の変と大化の改新】

  9. 「藤原氏の祖」となった中臣鎌足 ①【蘇我入鹿 暗殺計画】

  10. さすが俺たちの北条泰時?鎌倉時代の武家法「御成敗式目」は何が凄いのか、その歴史的意義3ポイント

  11. ベルリンの壁は東西ドイツを分断した壁ではなかった

おすすめ記事

なぜ中国はウクライナ戦争で沈黙を続けるのか?裏にある計算とは

2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、国際社会に大きな衝撃を与えた。多くの国…

「神君伊賀越え」のピンチに徳川家康が貪り食ったものとは 【どうする家康】

昔から「腹が減っては戦ができぬ」と言いますが、戦に限らず何をするにも、腹が減っていると力も気合いも入…

intel(インテル)の歴史 「たった3人で始まった」

仕事中、ふとパソコンを見ると「intel」のロゴ。うん、入ってますね。「インテル、入…

中国史上、最も悲惨な最後を迎えた宦官・劉瑾 【絶命するまで2日がかりで3,357刀 斬られる】

宦官とは古代中国の歴史を語る上で 宦官 (かんがん)は欠かせない存在である。宦官…

満洲国とはどのような国だったのか?【大日本帝国の傀儡国家】

日本が1932年に作った国である 満洲国。しかしその国は実際どんな国だったということは、あま…

伊達政宗の意外な趣味とは? 〜天下の大将軍を手料理でもてなした料理の達人

「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである」この言葉を聞いて、ど…

古代中国の神の木? 三星堆遺跡の「青銅神樹」とは

三星堆遺跡の神樹三星堆遺跡(さんせいたいいせき)は、1986年に中国・四川省三星堆で発見された遺…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP