投稿者の記事一覧
-
『高野山で自害した関白』豊臣秀次は本当に粛清されたのか?秀吉に殺意はなかった説
1595年(文禄4年)7月15日、高野山青巌寺(現金剛峰寺)。夏とはいえ、山上の空気はひんやりと静まり返っていた。蟄居の身となっていた一人の男が、庭に面した座敷に静かに座している。「いったい何が悪かったのか。この儂に、何か落…
-
『24歳で死を賜った皇子』権力に消された大津皇子と姉・大伯皇女の真実
現在に続く天皇制、そして古代日本の法治国家体制である律令制の礎を築いた天武天皇。その偉業は、やが…
-
草壁皇子は本当に「凡庸」で「モテない」皇子だったのか?天武天皇が唯一認めた後継者
奈良を訪れるたび、たとえ滞在時間が限られていたとしても、どうしても足を運ばずにはいられない場所がある…
-
織田政権の出世頭はやはり『豊臣兄弟』だった?秀吉と秀長の知行高を徹底検証
貫高制と石高制の違いとは織田信長は約800万石、豊臣秀吉は約700万石、徳川家康は約40…
-
豊臣秀吉が運命を分けた「山崎の戦い」決戦地・大山崎へ行ってみた
光秀の“天下人への道筋”が崩れ去った山崎の戦い「こんなはずではなかった!」総崩れ…
-
実は誤解も多い?京都の「舞妓」と「お座敷遊び」たまに行く筆者が解説
-
『豊臣兄弟!』濃姫はどこへ?織田信長の周りの史実の女性関係とは
-
清らかな水と空気に満たされた聖地。奈良・水谷神社の子授け石とイブキの巨木
-
知られざる京都・花街の世界。そこで生きる舞妓さんのことを本気で考えてみた
-
なぜここに?なぜこの形?飛鳥に佇む謎の石造物「マラ石」を真面目に考察してみた
-
『豊臣兄弟!』ゆかりの地。寧々(ねね)と秀吉の面影を訪ねて高台寺周辺を歩いてきた








