調べてみた日本史

  1. 「観応の擾乱」をわかりやすく解説 【日本史上最大の兄弟喧嘩 】

    1333年、後醍醐天皇(ごだいごてんのう)は鎌倉幕府を倒し建武の新政を行ったが、公家よりの政策が多くの武士の反感を買い、失敗に終わる。その後、謀反を起こした足利尊氏は、1338年に光厳天皇(こうごんてんのう)によって征夷大将軍に任命…

  2. 真田幸村の子孫が仙台藩で生き延びていた?【幸村の次男・大八の生存説と死亡説】

    真田幸村と伊達家の接点とは?真田幸村は、「大坂夏の陣」で徳川家康一人に狙いを定めて本陣深…

  3. 本当は長いんです。昔の日本人のフルネーム 【名前、名字の由来】

    本当は長いんです。昔の日本人のフルネーム歴史を勉強するとなると否が応でも覚えなければいけ…

  4. 義時の死から北条時宗まで見届けた北条政村の40余年……篠目九葉「或る執権の話」読了【鎌倉殿後伝】

    以前、鎌倉で開催された“限界鎌倉御家人オタクによる交流・ぷちぷち同人即売会企画「イザ鎌 IZA★KA…

  5. 織田信長は天下を目指していなかった?「目的は秩序回復だった説」

    戦国ファンの多くは、織田信長が好きだ。信長の魅力は、破天荒な性格や強いリーダーシップに加え、…

  6. 秀吉の天下を10年前に予測していた・安国寺恵瓊 【毛利輝元を担ぎ上げた罪で斬首された僧侶】

  7. 【日露戦争の引き金となった】 三国干渉とは

  8. 将軍様も夜遊びしたい!『吾妻鏡』が伝える第4代鎌倉殿・藤原頼経のお忍びエピソード

  9. サイコパス的な人斬りだった河上彦斎 ~勝海舟「怖くて怖くてならない」

  10. 幕末の四大人斬り~ 河上彦斎 【人気漫画「るろうに剣心」のモデル】

  11. これも家名を残すため…鎌倉時代、北条時頼に一族を滅ぼされた三浦家村が恥を忍んで逃げた理由

おすすめ記事

「逃げの小五郎」と呼ばれた桂小五郎は剣豪だった 【坂本龍馬との試合】

桂小五郎とは桂小五郎(かつらこごろう)とは、西郷隆盛・大久保利通と共に「維新三傑」の一人…

「死の魔術」が行われていた冥界への入口がエルサレムの洞窟で発見される

ローマ帝国時代の異教徒たちが行っていた降霊術の証拠エルサレム近郊のテオミム洞窟の岩の隙間から、1…

日本の山のあれこれ【数、標高、作品】

20代、30代の女性の間で山歩きが流行りました。彼女たちを”山ガール”と、称しメディアで…

千姫の波乱に満ちた生涯(德川家康の孫娘、豊臣秀頼の妻)

※千姫姿絵(弘経寺蔵)徳川秀忠の長女千姫は、わずか6歳で大坂城の豊臣秀頼に輿入れし、大坂冬の…

『伊達政宗の顔が頭蓋骨から復元』伊達政宗はイケメンだった?

伊達男とは「伊達男(だておとこ)」とは、服装や振る舞いがお洒落で、色気や侠気(きょうき)のあるモ…

富士山の裾野で何が起きているのか?相次ぐ中国資本の土地取得問題

日本の象徴であり、世界遺産でもある富士山。その裾野に広がる静謐な景観は、長らく日本人の信仰と…

鍾会 〜自惚れから身を滅ぼした策略家 【蜀を滅ぼすも最後は自滅した超エリート】

野望高き天才263年、もはや三国の一角を占める国家の蜀(蜀漢)に興隆の兆しがないと見た魏…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP