調べてみた日本史

  1. 首実検は戦国の世でどのように行われていたのか? 「首の表情で占いもしていた」

    首実検(くびじっけん)とは、昔の日本の戦において武士が討ち取った敵の首級を持ち帰り、その身元を大将が確認し、論功行賞の判定材料にするために行われた作業である。今ではとても残酷で考えられないことだが、当時は敵の首級をあげて首実…

  2. 「滅びゆく徳川幕府に殉じた忠臣」 川路聖謨(かわじとしあきら)

    壮絶な自決川路聖謨(かわじとしあきら)は、江戸時代末期の幕臣であり低い身分から御家人、旗…

  3. 徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 後編 「家康死後、豹変した秀忠がやったこと」

    二代将軍に就任慶長8年(1603年)2月、家康は征夷大将軍に就任し、江戸に幕府を開いた。…

  4. 夢はでっかく美濃・尾張!頼朝の父・源義朝を闇討ちした長田忠致の末路【鎌倉殿の13人】

    ……義朝は関東へ落行けるが尾張国の家人長田庄司が所に著て休息し給ひける処に清盛より計策を以長田が心を…

  5. 徳川秀忠は駄目な二代目だったのか? 前編【関ヶ原の戦いで大遅刻】

    徳川秀忠とは徳川秀忠(とくがわひでただ)は、徳川家康を父に持ち、三男でありながら家康の後…

  6. 奈良の大仏は過去に何度も破壊されていた

  7. 誠意を見せろ!部下の不祥事を詫びるため、源頼朝が梶原景時に命じたのは…【鎌倉殿の13人】

  8. 【日本史上最期にして最大の内戦】 西南戦争・田原坂、吉次峠の戦い

  9. 巌流島の決闘の真相 後編 「宮本武蔵は遅刻をしなかった?」

  10. 巌流島の決闘の真相 前編 「武蔵は佐々木小次郎と戦っていなかった?」

  11. 昭和天皇に「なぜ切腹しないのか?」と尋ねたマッカーサー

おすすめ記事

立花宗茂【秀吉に絶賛された西の最強武将】

立花宗茂の生い立ち立花宗茂(たちばなむねしげ)は、永禄10年(1567年)8月に豊後の大友氏…

ナポレオンはなぜワーテルローの戦いで敗れたのか?

※皇帝時代のナポレオン一度は皇帝の座を追われながらも、民衆の支持により再び皇帝に返り…

やなせたかしの伯父・寛と千代子 ~史実ではどんな人物だったのか?『あんぱん』

「わしは千代子に惚れて、一緒になれて、これ以上の人生はないと思うちゅう」病院が夫の代で終わっ…

『李在明×トランプの相性は?』実利でつながる米韓同盟、その裏に潜む摩擦とは

6月3日、韓国の大統領選挙で進歩派の李在明(イ・ジェミョン)氏が勝利し、新たな大統領に就任した。…

『戦国の名将と江戸の将軍』 伊達政宗と徳川家光の不思議な関係とは

伊達政宗の野望伊達政宗(1567年 – 1636年)は、戦国時代から江戸時代初期にかけて…

ソマリアの「アルシャバブ」とは 〜最も強靱なアルカイダ系組織の起源と脅威

アサド政権の崩壊イスラエルとレバノンの親イラン勢力ヒズボラとの間で停戦が発効した11月2…

バーチャルYouTuberについて調べてみた【四天王】

「バーチャルYouTuber」って聞いたことありますか?2017年の12月あたりから人気急上昇中…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP