山田聖栄

  1. 織田信長は本当に「人間五十年」と謡(うた)ったのか

    はじめに信長は、快く湯漬を喰べ終ってから、その勝栗を二つ三つ掌に移して、ぼりぼり喰べ、 「馳走であった。……さい。あの小鼓をこれへよこせ」  鳴海潟とよぶ信長が秘蔵の小鼓であった。さいの手からそれを取ると、信長はそれを肩に当…

おすすめ記事

【東国一の美少女 駒姫の斬首】北方の猛将 最上義光は、なぜ家康に味方したのか?

最上義光(もがみ よしあき)は、出羽国(山形・秋田両県)の有力大名であり、伊達政宗の母の兄だった。…

空海はなぜ高野山を選んだのか?「秘められた錬金術の戦略」

真言密教の根本道場として、弘法大師・空海が高野山を開いたのは西暦816年のことでした。…

徳川家康の最期と遺言 「死因は胃がん?なぜ一周忌後に日光に祀れと言ったのか」

約150年近くも続いた戦国の世を終わらせた徳川家康。その死後は、幕府を開いた江戸ではなく、晩…

地図とともに見る幕末の江戸

徳川家康が江戸に幕府を開いて以来、政治の中心は250年以上も江戸が担っていた。家康が関東に封じら…

豊臣秀吉の後継者と目された二人の養子 〜羽柴秀勝と豊臣秀次の悲劇

秀次・秀勝・秀秋・秀勝・秀家・秀康。こうして名前を並べてみると、「なぜ、秀の字ばかりなのか」…

【新撰組も通った?】幕府が黙認した風俗文化・府中宿の飯盛女たち

江戸と甲州(山梨県)を結ぶ甲州街道。道中にはいくつもの宿場町が栄え、そこには多くの飯盛女たち…

『平安の魔性の女』和泉式部の美貌と才能に惚れた男たちとの恋愛遍歴 【光る君へ】

NHKの連続ドラマ「光る君へ」で脚光を浴びている平安時代。主人公の『源氏物語』作者・…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP