朝廷

  1. 江戸幕府黎明期、徳川と朝廷に関係が深い京都「一乗寺・雲母坂界隈」を歩いてみた

    エピローグ ~雲母坂と旧所名刹~京都・一乗寺エリアは、清水寺などがある東山の北に位置します。この地は、京都の鬼門とされる比叡山山麓に広がる場所で、昔から京都から比叡山・近江への交通の要衝として開けた里でした。その交通を担…

おすすめ記事

三国志のズッコケ4人組「白波賊」の頭領たちを紹介【どこで人生間違えた?】

「三国志」には実に千人以上のキャラクターが登場しますが、そこには英雄豪傑ばかりでなく、いわゆる「なら…

終戦80年…大阪の街に今も残る“戦没者慰霊碑”を歩いてみた

2025年8月15日は、戦後80年という節目の終戦記念日にあたります。8月に入ると、広島や長…

火縄銃すらある戦国時代に『一騎打ち』はあったのか?

「戦の花」と言えば一騎打ちを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、一騎打ちは本当に戦で行こ…

上村松園の生涯【日本を代表する女流画家】

上村松園(うえむらしょうえん : 1845~1949)とは、日本を代表する女流画家である。“…

賤ケ岳七本槍の武将は実は9人だった【豊臣の猛将たち】

賤ヶ岳七本槍とは羽柴秀吉と柴田勝家の間におきた織田信長亡き後の覇権争いの戦となったのが賤…

徳川家康を天下に導いた交渉術 「自ら動かず相手を動かす」「話をよく聞き決断後ぶれない」

家康の交渉術について徳川家康の性格を表す川柳は、誰もが知っているだろう。「鳴かぬなら…

清少納言と紫式部は、仲が悪かったというのは本当なのか?

「枕草子」を書いた清少納言と、「源氏物語」を書いた紫式部は、お互い仲が悪かったという話をどこ…

アーカイブ

カテゴリー

PAGE TOP