かつて北海道・ニセコは世界有数のパウダースノーを誇る「静かなスキーリゾート」であった。
しかし、現在のニセコにその面影はない。
目に入るのは洗練されたコンドミニアム、高級ブランドのブティック、そして飛び交う外国語だ。
なかでも近年、存在感を強めているのが、中華圏を含む海外資本による土地・不動産取得である。
とくに香港系企業を中心とした投資が目立ち、ニセコの景観や土地利用のあり方に大きな影響を与えつつある。

画像 : 中国企業がリゾート開発か。ザ・グリーンリーフ・ニセコビレッジ(2022年2月撮影)Excellent moniteur de ski CC BY-SA 4.0
グローバル資本の流入と変貌
ニセコエリア(倶知安町、ニセコ町等)における開発の波は、2000年代のオーストラリア資本による投資から始まった。
しかし、2010年代後半以降は、従来の豪州資本に加え、香港やシンガポールなど中華圏・アジア資本の存在感が急速に高まっている。
農林水産省が公表した調査によれば、外国資本による森林取得は全国的には限定的である一方、ニセコエリアでは取得件数・面積ともに突出している。
2019年時点で全国31件中17件がニセコ周辺に集中し、取得主体は香港系を中心とする海外法人であった。
投資家たちが求めているのは、単なるスキーリゾートとしての収益性だけではない。
不安定な国際情勢のなかで、安全かつ資産価値が保証された「日本の土地」という現物資産への振替である。
一泊数十万円、時には数百万円を超える超高級ホテルが次々と建設され、ニセコは今や「日本の中の異国」と化している。
自由への渇望と政府の統制
この現象の背景には、中国国内の富裕層が抱く「自由への渇望と政府の統制」というジレンマがある。
中国国内では、土地はあくまで国家からの借地であり、私有財産としての絶対的な安定性は保障されていない。
さらに、近年強まる当局による資本流出への監視や、共同富裕の旗印の下での締め付けは、彼らに「資産を国外へ逃がしたい」という強烈な動機を与えた。
一方で、日本側は長らく「所有者不明土地」や「地方の過疎化」という課題を抱えてきた。
外資による土地購入は、地域経済の活性化や税収増という恩恵をもたらす。
しかし、水源地や安全保障上重要な拠点に近い土地が、実態の見えにくい外国資本によって買い占められることへの危機感も根強い。
2022年に全面施行された「重要土地等調査法」により、自衛隊基地や国境離島など安全保障上重要な施設周辺では、土地利用の調査や一定の規制が可能となった。
ただし、この制度は国が指定した区域に限って適用されるため、観光リゾート地であるニセコ周辺は、依然として自由な取引が続いている。
中華圏の富裕層は、日本が提供する「私的所有権の自由」を最大限に享受しながら、母国の統制から逃れるための避難所を構築しているのだ。

画像 : ニセコのリゾートホテル パーク ハイアット ニセコ CC BY-SA 4.0
共生か、それとも浸食か
ニセコの地価上昇率は、国税庁の路線価において数年連続で全国最高水準を記録し、地元住民が家を建てられないほどのバブル状態にある。
経済的な潤いをもたらす一方で、地元のコミュニティや景観が損なわれることへの懸念は絶えない。
中国資本による開発は、ニセコを「世界基準」へと押し上げた功績があることは否定できない。
しかし、その土地が一度外国の手に渡れば、日本の法律や自治体の意向が届きにくい領域が拡大していくことも事実である。
我々は、自由な経済活動の名の下に、何を差し出し、何を守るべきなのか。
ニセコの雪山に立ち並ぶ巨大なクレーンは、日本の国土保全のあり方に静かな、しかし鋭い問いを突きつけている。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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