日本の象徴であり、世界遺産でもある富士山。
その裾野に広がる静謐な景観は、長らく日本人の信仰と観光、そして地域の暮らしを支えてきた。
しかし近年、この富士山周辺で、中国系資本による土地や宿泊施設の取得が相次いでいる。
とりわけ温泉地や観光拠点では、廃業した旅館やホテルが海外資本に引き継がれる事例が目立ち、地元住民や自治体の間で戸惑いと警戒の声が広がっている。
これらの動きは、単なる不動産投資の枠を超え、日本の国土保全や安全保障に関わる深刻な課題を突きつけている。

画像 : 精進湖から見た大室山(手前)と富士山(奥) 名古屋太郎 CC BY-SA 3.0
経済的合理性と忍び寄る「異変」
かつては、国内の観光業者や別荘開発が中心だった富士山麓の土地取引だが、バブル崩壊後の停滞と人口減少により、維持が困難となった物件が市場に溢れた。
そこに目をつけたのが、圧倒的な資金力を誇る中国資本である。
河口湖や山中湖周辺では、廃業した旅館やペンションが中国系オーナーによって買収され、宿泊客の多くを中国人観光客が占める、まるで「中国人専用」のように見える施設へと変わる事例が目立っている。
地元不動産業者によれば、彼らの買い方は極めてスピーディーかつ大胆だという。
提示価格を一切値切ることなく、キャッシュで即決する。日本人買い手が二の足を踏むような山林や傾斜地であっても、彼らは将来的な開発や水資源の確保を見据えて「点」ではなく「面」で土地を押さえていく。
こうした動きは、一見すると地域経済の活性化に寄与するように見えるが、実態は「資本の島」が形成され、地元のコミュニティから隔絶された空間が生まれているに過ぎない。
資源への野心と国家の脆弱性

画像 : 白糸の滝(静岡県) 富士山の伏流水が湧出する代表的景観 くろふね CC BY 3.0
中国資本が狙うのは、単なる観光収益だけではない。
専門家や自治体関係者の間で指摘されているのが、富士山周辺に広がる地下水資源の管理問題である。
富士山麓は広大な地下水系を有し、飲料水や農業用水としても重要な役割を果たしてきた。
土地を取得すれば、その地下を流れる水へのアクセス権も実質的に手に入る。もし将来的に水不足が深刻化すれば、この資源は戦略的な「武器」となり得るのだ。
現時点で特定資本による「独占」が確認されているわけではないが、土地取得と水利用の関係について、長期的な視点での監視と制度整備が求められている。
また、富士山周辺には自衛隊の演習場や関連施設が点在しており、その周辺土地の取得をめぐって安全保障上の懸念が指摘されるケースもある。
こうした状況を受け、2021年には「重要土地利用規制法」が施行され、国防や重要インフラに関わる区域の土地利用状況を調査できる制度が導入された。
ただし同法は所有権を直接制限するものではなく、実効性や運用範囲については現在も議論が続いている。
文化の変質と未来への責任

画像 : 静岡県側南南東から望む富士山 skyseeker CC BY 2.0
富士山は信仰の対象であり、日本人の精神的支柱でもある。
しかし、中国資本による無秩序な開発が進めば、その文化的価値は毀損されかねない。
すでにSNS上では、景観を無視した太陽光パネルの設置や、私有地化されたことによる立ち入り禁止区域の増加に対して、多くの批判が寄せられている。
2025年4月には、山梨県富士河口湖町で、中国籍のホテル経営者らが他人所有地の樹木を無断で伐採したとして、山梨県警により逮捕される事件も発生した。
「宿泊者に富士山の景色をよく見せるためだった」とされるこの行為は、景観と私有権を軽視したものとして大きな波紋を呼んだ。
こうした事例は、開発そのもの以上に、地域社会との価値観のズレが問題視されている現実を示している。
富士山周辺で進む変化は、単なる外資流入の是非を超え、日本社会が土地・自然・文化をどのように守り、管理していくのかという根本的な問いを突きつけている。
これは決して一地方の問題ではない。
それは、日本の主権と誇りを守れるかという、国家の意志を問う試金石なのである。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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