国際情勢

『ホンダの中国・広州EV工場新設』背後に潜む「地政学リスク」の火種とは

ホンダが中国・広州にEV(電気自動車)専用工場を新設し、建設費約730億円を投じてエンジン車からのシフトチェンジを図る。

2025年3月26日、このニュースが報じられ、自動車業界に衝撃が走った。

年間12万台の生産能力を誇る最新鋭の工場で、中国市場での巻き返しを狙うホンダ。しかし、この一手が地政学リスクという暗雲に飲み込まれる可能性を孕んでいる。

ホンダは中国という不安定な大地に足を踏み入れたことで、危機に直面する恐れがある。

中国市場のEVシフトとホンダの苦境

画像 : 四輪車用のHマーク public domain

中国は、世界最大のEV市場だ。

政府の後押しで、2024年の新車販売の半数以上が「新エネルギー車」で占められている。

対するホンダはガソリン車中心で戦ってきたが、2024年の中国販売台数は前年比3割減の85万台と惨敗。EV販売はわずか1万台程度で、BYDやテスラに大きく遅れをとる。

広州でのEV工場稼働は起死回生の賭けだが、この賭けが裏目に出る可能性を、地政学の視点から見逃せない。

台湾有事という時限爆弾、米中対立とサプライチェーンの危機

最大のリスクは「台湾有事」だ。

中国が台湾への軍事侵攻を強行すれば、アジア全体が戦火に巻き込まれる。

広州は台湾から約800キロ、飛行機なら1時間半の距離。
習近平政権が台湾統一を推し進め、米国や日本が介入すれば、経済制裁や物流混乱は必至だ。ホンダの新工場は操業停止に追い込まれ、ロシアのウクライナ侵攻で欧米企業が撤退したような事態が現実味を帯びる。

米中対立の激化も、ホンダに致命傷を与えかねない。

中国はEVのサプライチェーンを握り、リチウムやレアアースを供給する。だが、米国が中国依存を脱却し、制裁を強化すれば、広州工場の生産はストップする。中国が報復で日本企業への輸出規制を敷けば、ホンダのEV戦略は崩壊しかねない。

2023年の黒鉛輸出管理強化で業界が震撼した記憶は新しい。この綱引きでホンダは身動きが取れなくなる危険が迫っている。

過当競争と中国政府の気まぐれ 内憂外患、ホンダの逃げ道は

画像 : BYD Seal wiki c Quzhouliulian

中国国内も楽観視できない。EV市場は過当競争で、BYDやNIOが値下げ合戦を繰り広げる。

ホンダの「燁シリーズ」が競争力を発揮できるかは未知数だ。
中国政府が補助金を地元企業に偏らせれば、ホンダは締め出されるだろう。

外資系企業が過去に冷遇された例を考えれば、「自国優先」が現実になるのは時間の問題かもしれない。
730億円が水の泡になる日が近いのか?また、内部事情も深刻だ。

広州工場を運営する「広汽ホンダ」は、2023年に従業員の7%にあたる900人を解雇。販売不振によるリストラで、新工場を軌道に乗せるのは難しい。外部からは地政学リスクが押し寄せ、内部では生産体制が脆弱――内憂外患の状況だ。

「2035年までに中国販売を100%EV化」と意気込むホンダだが、危機が先に訪れる可能性が高い。

最悪のシナリオとホンダの賭け

最悪のシナリオを想像しよう。

台湾有事が勃発し、広州工場が停止。米中対立で部品供給が途絶え、中国政府の政策で市場から締め出される。730億円が回収不能となり、中国事業は壊滅。グローバルでのEV競争にも出遅れ、株価暴落やリストラが吹き荒れるかもしれない。

可能性としては低いが、これが現実になる確率はゼロではない。
ホンダはこのリスクを承知で賭けたのか?ホンダの広州EV工場新設は大胆な一歩だ。

しかし、台湾有事、米中対立、中国政府の気まぐれ――どれもホンダの未来を暗転させる火種だ。

「中国で仕掛けた大勝負、その先に待つのは栄光か破滅か!?」危機はすぐそこまで迫っているのかもしれない。

文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部

アバター

エックスレバン

投稿者の記事一覧

国際社会の現在や歴史について研究し、現地に赴くなどして政治や経済、文化などを調査する。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

Audible で聴く
Youtube で聴く
Spotify で聴く
Amazon music で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 中国の貧富の差について調べてみた 「近代の中国経済発展」
  2. ポル・ポト失脚後も続いたカンボジアの悲劇 「毛沢東とスターリンの…
  3. 中国はなぜ「尖閣諸島」を狙い続けるのか? 3つの理由
  4. 世界最大の銀行一家「ロスチャイルド家」の歴史と総資産
  5. 海外で人気のあるG1レース 「イギリス、オーストラリア、アラブ、…
  6. 中国の人身売買について調べてみた 「誘拐されて眼球を売られる」
  7. 【女性のバストに課せられた税金】 ムラカラムとは ~胸が大きい女…
  8. なぜイスラエル首相は戦い続けるのか?日本ではあまり語られない“も…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

中国人富裕層がタワマンを爆買いする理由とは? ~安全保障上の3つの懸念

東京のタワーマンション(以下、タワマン)を、中国人富裕層が次々と買い漁る現象が、近年注目を集めている…

イングランドで愛される犬と猫たち【公務員として働く猫】

日本でもペットを愛する人々はとても多い。平成29年の調査では、犬は約13パーセントの世帯が飼育、猫…

『一介の兵士から皇帝に』古代中国・南北朝時代の幕を開けた劉裕とは

5世紀から6世紀にかけて、中国では、北方の異民族が建てた王朝と、南へ移動した漢民族の王朝が並立してい…

日英同盟について簡単に解説〜利害の一致がもたらした大国イギリスとの条約

日英同盟の概要日英同盟(にちえいどうめい)は、日本とイギリスの同盟です。当時の日本は日清…

武士だけに許された「切腹」の歴史と作法 【11人の凄絶な切腹にフランス人が退散した堺事件】

時代劇や時代小説でおなじみの切腹。切腹にはさまざまな種類があり、腹を十字に切り裂き、内臓をつ…

アーカイブ

PAGE TOP