2022年2月24日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナに対する全面侵攻を開始した。
この軍事行動は国際社会に衝撃を与え、第二次世界大戦後最大規模の欧州での紛争を引き起こした。
なぜプーチン大統領は、隣国ウクライナへの侵攻を決断したのか。
その背景には、ロシアの地政学的戦略、歴史的認識、国内統治の論理が複雑に絡み合っている。
歴史的背景と「ロシアの世界」

画像 : プーチン大統領 public domain
プーチン大統領は、ウクライナをロシアの歴史的・文化的領域の一部と見なしている。
彼はソビエト連邦の崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と呼び、旧ソ連諸国をロシアの影響下に置くことを長期的な目標としてきた。
ウクライナは、キエフ・ルーシという中世国家の発祥地であり、ロシアの国家アイデンティティと深く結びついている。
プーチンは、ウクライナが西側に接近することで、この「ロシアの世界」が脅かされると感じた。
特に、2014年のウクライナ革命で親ロシア派の大統領が追放され、ウクライナがNATOやEUに接近する動きを見せたことは、プーチンにとって看過できない事態だった。
侵攻は、ウクライナを再びロシアの勢力圏に引き戻す試みと解釈できる。
NATOの東方拡大と安全保障の懸念

画像 : 2024年時点のNATO加盟国(青色で表示)。冷戦後に拡大を続け、現在は32か国体制となっている。Rifatnew0730/CC0
ロシアはNATOの東方拡大を、自国の安全保障に対する脅威とみなしてきた。
冷戦終結後、NATOは旧ソ連圏の国々を次々と加盟国に取り込み、ウクライナも将来的な加盟の可能性を模索していた。
プーチン大統領は、ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアの国境近くに西側の軍事力が展開され、戦略的優位性が失われると主張。
2021年末から2022年初頭にかけて、ロシアはウクライナ国境付近に大規模な軍を展開し、NATOに対して安全保障の保証を求める最後通牒を発した。
しかし、交渉が決裂すると、プーチンは軍事行動に踏み切った。
侵攻の目的は、ウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」を掲げつつ、実際にはNATOの影響力を東欧から排除することにあった。
国内統治と権力の維持
プーチン政権の国内統治の観点からも、ウクライナ侵攻には合理性がある。
長期間の統治により、ロシア国内では経済停滞や国民の不満が蓄積していた。
プーチンは、強硬なナショナリズムを掲げ、外部の敵を強調することで、国民の団結を促し、自身の権力基盤を強化してきた。
ウクライナを「西側の傀儡」と位置づけ、侵攻を「祖国の防衛」と喧伝することで、国内の批判を抑え、愛国心を煽った。
また、経済制裁や国際的孤立のリスクを冒してでも、プーチン自身が「歴史的使命」を果たすことで、自らのリーダーシップを正当化しようとした可能性が高い。
エネルギー資源と経済的動機

画像 : ロシアから欧州へのパイプライン public domain
ウクライナは、ロシアから欧州への天然ガスパイプラインの主要な通過点であり、エネルギー戦略の要衝でもある。
ロシアはエネルギー供給を地政学的ツールとして活用してきたが、ウクライナが西側に接近することで、この影響力が弱まることを懸念した。
侵攻により、ウクライナのエネルギーインフラを掌握し、欧州へのエネルギー供給におけるロシアの支配力を維持する狙いもあった。
さらに、クリミア併合以降、ウクライナ東部のドンバス地域での紛争を支援してきたロシアは、親ロシア派地域を正式に支配下に置くことで、資源や産業基盤を確保する意図もあった。
誤算と国際社会の反応

画像 : ゼレンスキー大統領 public domain
プーチン大統領は、ウクライナ侵攻が短期間で終結し、親ロシア政権を樹立できると見込んでいた可能性が高い。
しかし、ウクライナ軍の抵抗や西側の迅速な経済制裁、軍事支援により、戦況は長期化。ロシア経済は制裁により打撃を受け、国際的孤立が深まった。
この誤算は、プーチンの戦略的判断に過信があったことを示唆する。それでも、彼は戦局を逆転させるため軍事行動を継続し、国内での情報統制を強化している。
このように、プーチン大統領のウクライナ侵攻は、歴史的・地政学的野心、安全保障上の懸念、国内統治の強化、エネルギー戦略の維持が絡み合った結果である。
彼はウクライナをロシアの勢力圏に留め、西側の影響力を排除することを目指したが、予想外の抵抗と国際的圧力により、目標は達成されていない。
この戦争は、プーチン政権の論理と限界を浮き彫りにし、国際秩序に深刻な影響を与えている。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
この記事へのコメントはありません。