福島第一原発の処理水海洋放出をきっかけに、2023年8月に中国政府は日本産水産物の輸入を全面停止した。
その後、2025年11月初旬には一部再開に向けた動きが見られたものの、わずか2週間後の19日、外交・安全保障を巡る対立を背景として、中国は再び日本産水産物の輸入手続きを事実上停止した。
中国共産党機関紙系「環球時報」は社説で「日本水産物の輸入停止」を公式に宣言し、高市早苗首相の台湾有事に関する国会答弁の撤回を要求。
中国外務省も「輸出されても市場はない」と述べ、対抗措置の継続を示唆した。
中国による水産物停止は、単なる食品安全上の判断ではなく、日本に対する経済的圧力、すなわち政治的な報復手段の一環である。
さらに重要なのは、この措置が中国が日本に対して持ちうる「カード」の中で最も軽い段階にすぎないという点だ。
中国の本当の狙いは、日本国内の世論と産業界に揺さぶりをかけ、政治的譲歩を引き出すことである。
次に切られる可能性がある「重いカード」は、日本経済の根幹を揺るがしかねない、より「重い」ものとなるだろう。
日本経済の生命線、重要鉱物サプライチェーンの脆弱性

画像 : 世界のレアアース生産量分布 public domain
中国が世界市場における圧倒的なシェアを持つ物資を「カード」として用いる可能性は極めて高い。
その最たる例が、マグネシウムやレアアース(希土類)といった重要鉱物である。
マグネシウムは、自動車産業において軽量化に不可欠な素材であり、アルミニウム合金の製造にも欠かせない。
現在、世界の一次マグネシウム生産の9割近くを中国が占めている。
もし中国が対日供給を制限すれば、日本の自動車生産はたちまち深刻な影響を受け、サプライチェーン全体が麻痺する恐れがある。
また、レアアースは、ハイブリッド車や電気自動車(EV)の高性能モーター、精密機器、先端兵器など、現代産業に不可欠な磁石の原料となる。
中国は世界のレアアース鉱山生産の約7割を占めており、2010年には尖閣諸島沖での漁船衝突事件をきっかけに、対日輸出を大幅に絞った前例がある。
これらの重要鉱物に対する輸出規制は、日本の製造業の基盤を直撃する、まさに「伝家の宝刀」と言える。
さらに、グラファイト(黒鉛)も懸念される物資の一つだ。
これはEV用バッテリーの負極材として不可欠であり、中国はここでも高いシェアを誇る。
自動車産業の未来を左右するEV関連素材の供給制限も、中国の強力なカードとなり得る。
科学技術協力と市場アクセスの制限という壁

画像 : 習近平国家主席 public domain
経済報復は物資の供給制限に留まらない。
中国は、科学技術協力の制限や、巨大な中国市場へのアクセス制限という、より間接的だが効果的な手段も持つ。
例えば、研究開発分野における日本人研究者へのビザ発給の厳格化や、特定の技術分野における共同研究プロジェクトの中断などが考えられる。
これは、技術革新を重視する日本企業にとって、長期的な競争力に影響を及ぼす。
また、市場アクセスの制限は、中国に進出している日本企業にとって致命的だ。
中国当局による不当な規制や許認可の遅延、反スパイ法などを用いた日本人駐在員に対する不透明な捜査などは、ビジネス環境を急速に悪化させ、日本企業の中国からの撤退を促す圧力となり得る。
対抗策としてのサプライチェーン強靭化と外交の重要性
中国の経済的な「重いカード」に対抗するためには、日本は緊急にサプライチェーンの強靭化を図る必要がある。
具体的には、重要鉱物の輸入先の多角化、国内でのリサイクル技術の強化、そして備蓄の増強が必須である。
レアアースに関しては、オーストラリアなどの国々との連携を強化し、中国依存度を下げる取り組みを加速させるべきである。
しかし、経済対策だけでは不十分だ。
外交の面では、米国や欧州諸国、そしてASEAN諸国といった、価値観を共有する国々との連携を深め、国際的な包囲網を築くことが重要となる。
一国だけで中国の巨大な経済圧力に耐えることは難しく、多国間協力によるルールに基づいた国際秩序の維持を強く訴える必要があるだろう。
水産物輸入停止は、中国がいつでも「経済カード」を切れるという強い意思表示であった。
これは序章に過ぎず、今後日本は、中国のより重いカードが切られる可能性を視野に入れ、国家戦略としての備えを急ぐべきである。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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