思想、哲学、心理学

「なぜ戦争はなくならないのか?」ホッブズが説く人間の残酷な本性とは【社会契約論】

画像:イギリスの激動期を生きたトマス・ホッブズ public domain

ホッブズの哲学とは?

トマス・ホッブズ(1588-1679)は、17世紀のイギリスで活躍した哲学者です。

当時のイギリスは、宗教改革の余波や王権と議会の対立など、政治的・社会的な混乱が続いていました。

その中でもホッブズが生きた時代には、ピューリタン革命(1642-1649)や名誉革命(1688)といった、大きな政治的変動が起こっています。

激動の時代に生きたホッブズは「なぜ人間は平和に暮らせないのか」「なぜ人間は常に戦争を繰り返すのか」という根本的な問いを抱きました。

動物が比較的平和に共存できるのに対し、理性を持つはずの人間が、なぜ争い続けるのかを探求しようとしたのです。

人間の欲望には限度がない

ホッブズは、人間が争う理由を探るうちに、動物と人間の違いに気づきました。動物は食べ物や繁殖をめぐって争うことはありますが、それでも肉体的な限度があります。

それに対して人間は「名誉」や「名声」を求めるために争います。

名誉や名声への欲望には終わりがなく、人間は他人からの評価をいつも気に掛ける生き物なのです。

ホッブズは、人間にはプライド(自尊心)があり、それが傷付けられた場合に争いへつながると考えました。

たとえば自分の家族や友人、信仰する宗教などに対する侮辱を受けた場合、人間はそれらを守るために立ち向かおうとすることがあります。

このように名誉を守るための争いは、動物とは異なり、人間特有のものだとホッブズは指摘するのです。

昨今のSNSによる激しい誹謗中傷も、上記の観点から考察できるかもしれません。

「比較」から生まれる幸福と不幸

画像 : イメージ 草の実堂編集部作成

ホッブズは「人間は他人と比較することで幸福を感じる」とも述べています。

たとえば、自分が貧乏だとしてもそれより貧しい人がいると知ると、少し安心するような気持ちになることがあります。

この比較から生まれる優越感が、人間の幸福につながると言うのです。

しかし、他人が自分より良い生活をしていると、嫉妬や羨望が生まれ、それが争いの原因になります。

心理学者のアドラーは「比較しなければ人は幸せになれる」と言いますが、ホッブズは「現実社会で他人と比較しないことは難しい」と主張します。

「比較をすること自体が人間の本能であり、それが生きる意志や努力につながる」というのが、ホッブズの考えです。

自然状態とは?

ホッブズは「自然状態」という言葉を使って、国家や法律がない世界を説明しました。

自然状態では、ルールがないため、何が正しくて何が悪いのかも決められていません。

そのため、人間は自分を守るために行動するしかないのです。

この「自分の身を守ること」をホッブズは「自然権」と呼びました。

自然状態においては、自分の生命を守るために他者を攻撃する権利(自然権)が存在すると、ホッブズは考えました。

この状況を「万人の万人に対する闘争」と表現します。

自然状態では、自分を守るために他人を攻撃することが許されるため、争いが絶えず、安心して眠ることもできない不安定で過酷な生活が続くのです。

結果として自然状態の生活は「孤独で貧しく、きたならしく、残忍で、しかも短い」ものになってしまいます。

この有名な一節は、自然状態の悲惨さをストレートに表現していると言えるでしょう。

戦争を終わらせるためには?

※イメージ画像

自然状態がもたらす戦争を終わらせるために、ホッブズは「社会契約説」を提唱します。

すべての人が「暴力を使う自由(自然権)」を放棄し、それを「政治権力」に委ねなければならないと主張しました。

ホッブズによれば、すべての人が暴力を放棄し、国家にその権利を譲ることで初めて平和な社会が成立するのです。

国家だけが暴力を使う権利を持ち、国民はその国家に従わなければならない、とされました。

ホッブズは「国家が成立することで、人々は争いをやめ、平和な生活を送ることが可能になる」と考えたのです。

また、ホッブズは「国民は政府に反抗する権利を持たない」と主張しました。

再び人間が戦争状態(自然状態)に戻るのを防ぐためです。

ただし、ホッブズは「政府が国民の生命と安全を守る限り」という条件を付けています。

もし政府が国民を守れなくなった場合、国民はその国家(政府)に従う必要はなく、国家との契約を解除できます。

そして、他の国へ移動する権利があると考えたのです。

「政府に反抗(暴力)するくらいなら、他の場所で平和に暮らせばいい」というのが、ホッブズの結論になります。

「暴力」とは何か?

画像:1645年に起きたピューリタン革命の様子。革命の結果、国王は処刑された public domain

ホッブズがこのように考えた背景には、彼が生きた時代のイギリスの不安定な状況があります。

当時のイギリスは、カトリック教会と対立しており、貴族たちの力も強く、反乱がいつ起こるか分からない状況でした。

こうした激動の時代に、ホッブズは平和を求め「国家権力は絶対であるべきだ」と考えたのです。

ホッブズの哲学は「人間は、名誉や名声を求める限り争いが続く」という考えから始まりました。

この争いを終わらせるために、全ての人が暴力を放棄し、国家に従うことで平和が訪れると考えたのです。

そして国民が国家に従う限り、政府はその安全を守る責任があります。

ホッブズの主張は一見厳しいものですが、彼が最も恐れていたのは「戦争」と「暴力」でした。

そのため、平和を守る強い国家の存在を支持したのです。

参考文献:ホッブズ(2014)『リヴァイアサン・1』(角田安正 訳)光文社
文 / 村上俊樹

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村上俊樹

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“進撃”の元教員 大学院のときは、哲学を少し。その後、高校の社会科教員を10年ほど。生徒からのあだ名は“巨人”。身長が高いので。今はライターとして色々と。フリーランスでライターもしていますので、DMなどいただけると幸いです。
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