江戸時代

江戸時代に「会いに行けるアイドル」がいた!美人番付No.1 茶屋娘・笠森お仙とは

現代は、インターネット,SNS,テレビ,雑誌,映画,DVDなどさまざまなメディアがあるので、自分の好きなアイドルや俳優など「推し」のビジュアルや情報を手軽に手に入れられます。

しかし、こうした便利な媒体がなかった江戸時代は、「浮世絵」が大活躍していました。

大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』でも、主人公の蔦屋重三郎が客の関心を引く戦略として、人気の浮世絵師に依頼し、吉原の遊女や花魁の姿を描いた絵本を出版する様子が描かれていました。

また、浮世絵によってその姿が広まり、江戸っ子たちを夢中にさせたのは、有名な役者や花魁だけではありませんでした。
ごく普通の町娘たちの姿を描いた浮世絵も、大きな話題を呼んだのです。

中でも、水茶屋で働く美人町娘たちは、現代でいう「会いに行けるアイドル」のような存在となり、爆発的な人気を博しました。

その中でもとりわけ有名だったのが、「笠森お仙」という町娘です。

美人画モデルになったことで大ブレイク

画像 : 鈴木春信「雨夜の宮詣」笠森おせん public domain

「笠森お仙」は、宝暦元年(1751)頃に生まれた女性です。

諸説ありますが、武蔵国(現在の埼玉県草加市)の名主の家に生まれ、江戸の谷中に暮らす鍵屋(かぎや)五兵衛の養女として引き取られたとされています。

その鍵屋が営んでいた笠森稲荷の茶屋「鍵屋」の店頭で働くようになったのは、宝暦13年(1763)ごろ。
13歳のときに「茶汲み女」として働くようになりました。

茶屋で働くお仙が、江戸中の男女に注目されるほどの“アイドル”になったきっかけは、美人画のモデルになったことです。

もともと美人で評判だったお仙ですが、明和5年(1768)、お仙が17歳くらいの頃に、当時の人気絵師・鈴木春信がお仙の絵を描いたことで、一気に話題となったのです。

人気の花魁や歌舞伎役者など、手の届かない遠い存在の絵ではなく、“茶屋で働いている質素な着物を着た普通の娘さん”という新鮮さが受けたのでしょう。

お仙が務める「鍵屋」には「ひとめ会ってみたい」と、多くの客が詰めかけたそうです。

画像 : 鈴木春信「笠森お仙」public domain

なぜ彼女は人気になったのか

笠森お仙は、江戸の町娘ブームの中心的存在となり、その名は現代にまで語り継がれています。

なぜ彼女がそこまで人々を惹きつけたのかについては諸説ありますが、単なる美しさだけが理由ではなかったようです。

笠森稲荷には、武士から町人まで幅広い人々が参拝に訪れており、境内の茶屋に立ち寄る客も少なくありませんでした。
お仙は、そうした客を相手に、愛嬌と機転の利いた接客で評判を集めていました。

また、若くて美人だったお仙は、ときに男性客から軽口を叩かれたり、しつこく言い寄られたりすることもあったといいます。
しかし、そうした場面でも臆することなく、場を和ませるような軽妙なやりとりで笑いを取りながら、きっぱりと応じていたそうです。

その堂々とした態度や媚びない姿勢が、男女問わず多くの人々に好感を持たれたのでしょう。

一躍「茶屋娘」ブームが起こる

画像 : 鈴木春信水茶屋「鍵屋 お仙」public domain
客に振る舞う茶は、茶釜の中で作られて、柄杓で小ぶりの茶わんに継がれた。

お仙見たさに笠森稲荷の参拝客や茶屋の利用客が増えたことから、「鍵屋」の主人は、美人画にとどまらず、手拭い、絵草紙、双六などの「お仙グッズ」も販売するようになりました。

さらに、「茶屋娘ブーム」に便乗して、ほかの店も看板娘を置き、素人娘を番付する『娘評判記』が季節ごとに刊行され、お仙には「太極上上吉」という最高級の評価が与えられました。

また、帯の下に付けたエプロンのような「前垂れ」が看板娘のチャームポイントとされ、素材も夏は縮や麻、冬は羽二重や縮緬が使われるなど、より高級なものも出回るようになり、贔屓客がプレゼントすることもあったそうです。

そんな江戸のスーパーアイドル娘となった「笠森お仙」ですが、明和7年(1770)頃、人気絶頂のまま突然茶屋から姿を消しました。

お仙目当ての客はガッカリして、さまざまな憶測が飛び交ったそうですが、実は幕府旗本御庭番で笠森稲荷の地主でもある、倉地政之助のもとに嫁いだためだったと伝えられています。

その後、お仙は9人の子宝に恵まれ、文政10年(1827)1月29日享年77で亡くなりました。

ちなみに、お仙が働いていた茶店では、土で作った黒い団子と、米の粉で作った白い団子が売られていたといわれています。

これらは笠森稲荷へのお供えもので、病が治るよう願掛けをする際には土の団子を、願いが成就した後には米の粉の団子を供える習わしだったそうです。

天明期を代表する文人であり、狂歌師・御家人でもあった大田南畝も、自著の中でお仙について触れています。

著書『売飴土平伝』(1769年)では、江戸市中で歌を歌いながら飴を売った実在の人物・土平を主人公にしつつ、お仙が紫雲に乗った姿で登場する場面が描かれています。

歌舞伎や小説の題材にもなり語り継がれる「お仙」

現代のスーパーアイドルの先駆けのような存在だった「笠森お仙」は、歌舞伎や小説の題材にもなりました。

歌舞伎「怪談月笠森」

『怪談月笠森』は河竹黙阿弥の作で、慶応元年に初演された作品です。

物語は、武州草加の名主・忠右衛門の二人の娘、姉のおきつと妹のおせんを中心に展開します。

旗本屋敷に奉公したおきつは、下男の市助に横恋慕された末に殺され、幽霊となって現れます。
そして、笠森稲荷門前で茶屋を営む妹のおせんが、気丈にもその仇を討ち、姉の恨みを晴らすという内容になっています。

歌川豊斎「怪談月笠森」public domain 下男の市助に斬り殺される姉のおきつと復讐を遂げる妹のおせん(左)

小説「「恋衣花笠森(こいごろもはなのかさもり)」

「恋衣花笠森」は、大正初期に永井荷風がお仙をモデルに書いた短編小説です。

かぎ屋で働くお仙と幼馴染の恋人源之進の話で、御家人と結婚したという史実とは異なる展開になっています。

新聞の連続小説「おせん : 絵入草紙」

昭和8年(1933年)、『東京朝日新聞』と『大阪朝日新聞』の各夕刊に、邦枝完二による連続小説『おせん:絵入草紙』が連載されました。

この作品では、大正から昭和初期にかけて活躍した日本画家・挿絵画家の小村雪岱(こむら せったい)が挿絵を担当し、お仙の姿を描いています。

画像 : 画室の小村雪岱 昭和11(1936)年11月public domain

身近に感じる江戸の「推し活」

たおやかで優しげな容姿を持ちながらも、気丈で賢く、物おじしない芯の強さを兼ね備えていた笠森お仙。

ただ女性らしい美しさがあっただけではなく、胆力があり、媚びずに堂々と振る舞う姿に、現代にも通じる魅力を感じます。
多くのクリエーターが彼女に魅せられ、題材としたのも納得できるところです。

また、茶屋に行けば実際に働く姿を見ることができるという点も、まさに「会いに行けるアイドル」として爆発的なブームを巻き起こし、現代のマーケティングに通じるものがありました。

お仙のほかにも、人気を誇った茶屋娘には「難波屋おきた」や「高島屋おひさ」がいます。

画像 : 喜多川歌麿「寛政三美人」富本豊ひな(上)難波屋おきた(右)高島屋おひさ(左)public domain

この二人は、芸者の「富本豊雛」とともに、「寛政の三美人」として広く知られ、喜多川歌麿によって浮世絵にも描かれました。
(※芝神明前の茶屋娘「菊本おはん」を三美人の一人に数える説もあり)

いずれにしても、彼女たちは当時の江戸を代表する美人として、多くの人々に愛され、その姿は数々の浮世絵に残されています。

彼女たちについても、また次の機会にご紹介したいと思います。

参考:
鈴木春信 江戸の面影を愛おしむ』田辺 昌子
考証 江戸の面影一』稲垣史生
文 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部

桃配伝子

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アパレルのデザイナー・デザイン事務所を経てフリーランスとして独立。旅行・歴史・神社仏閣・民間伝承&風俗・ファッション・料理・アウトドアなどの記事を書いているライターです。
神社・仏像・祭り・歴史的建造物・四季の花・鉄道・地図・旅などのイラストも描く、イラストレーターでもあります。

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