かつて、国境を越えた不動産投資はグローバル経済の象徴であり、自由市場の恩恵として歓迎される傾向にあった。
しかし、近年その潮目は大きく変わりつつある。
特に安全保障の観点から、外国資本による自国の土地取得に対して警戒感を強め、法的な歯止めをかける国が急増しているのだ。
日本においても議論の対象となっているが、世界の実態はより深刻かつ具体的な規制へとシフトしている。

画像 : 中国企業がリゾート開発か。ザ・グリーンリーフ・ニセコビレッジ(2022年2月撮影)Excellent moniteur de ski CC BY-SA 4.0
経済の論理と安全保障の境界
長らく、土地は単なる「資産」であり、最も高い対価を支払う者が所有権を得るのが、資本主義の原則であるとされてきた。
しかし、地政学的な緊張が高まる現代において、土地は「国家の安全」に直結する戦略物資としての側面を帯び始めている。
特に懸念されているのが、軍事施設周辺や国境離島、あるいは電力・通信といった重要インフラ施設の近隣地である。
これらの土地が、敵対的な意図を持つ可能性のある外国資本の手に渡れば、盗聴、監視、あるいは有事の際の活動阻害といったリスクが生じかねない。
そのため、多くの国家が「経済的な利益」よりも「国家の生存」を優先し、自由な取引に待ったをかけ始めているのである。
これは単なる排外主義ではなく、主権国家としての自律性を保つための防衛本能の発露といえるだろう。
米豪の動向と厳格な法規制

画像 : CFIUS会議で演説するDHS長官アレハンドロ・マヨルカス Public domain
具体的に欧米諸国の事例を見てみよう。
自由の国アメリカにおいてさえ、その規制は極めて厳格である。
対米外国投資委員会(CFIUS)は強大な権限を有しており、安全保障上の懸念がある場合、外国企業による不動産取引を審査し、大統領権限で取引を阻止、あるいは完了した取引であっても強制的に売却を命じることが可能だ。
実際に、軍事基地近くの風力発電所建設プロジェクトが、中国系企業による買収であることを理由に差し止められた事例も存在する。
オーストラリアもまた、厳しい姿勢を崩さない。
外国人による土地取得は、外国投資審査委員会(FIRB)による事前の審査が原則として必須である。
特に農業用地や住宅地に関しては、国益に反しないかどうかが徹底的に精査される。
違反者には高額な罰金や資産の強制売却が課されるなど、実効性のあるペナルティが用意されている点が特徴だ。
これらの国々では、土地所有権が絶対的なものではなく、国家の安全という枠組みの中で制限され得るものとして扱われているのである。

画像 : 都内タワマン イメージ public domain
日本の立ち位置と今後の展望
翻って日本はどうだろうか。
長らく日本は、外国人による土地取得に関して、世界でも稀に見るほど「寛容な」国であった。
所有権の取得に国籍条項はなく、相互主義(日本人が土地を買えない国の国民には、日本での土地取得を認めない原則)も、実質的には適用されていないに等しい状態が続いてきた。
近年、ようやく「重要土地等調査法」が施行され、重要施設周辺の土地利用状況を調査・規制する枠組みが整い始めた。
しかし、諸外国に見られる事前審査や強制売却命令といった強力なスクリーニング制度と比較すれば、現行制度は依然として限定的であるとの指摘も根強い。
グローバルスタンダードが「規制強化」へと傾く中、日本だけが旧来の性善説に基づいた制度を維持することは、安全保障上の抜け穴となり得るリスクを孕んでいる。
自由貿易と投資の促進は重要であるが、それは国家の安全が担保されて初めて成り立つものである。
海外の実態が示すのは、土地政策がもはや国土交通政策の一部にとどまらず、国家安全保障戦略の中核をなす重要課題であるという現実だ。
我々は今、自由への渇望と政府の統制というバランスの中で、よりシビアな舵取りを迫られているのである。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部
























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