高市首相が「中国による台湾への武力行使は、日本の『存立危機事態』に該当し得る」と答弁したことは、東アジアの安全保障環境に新たな緊張をもたらした。
この発言は、台湾海峡での不測の事態が日本の「存立危機事態」と認定されれば、2015年の平和安全法制に基づき、日本が集団的自衛権を行使し得ることを示唆しており、中国側はこれを内政干渉であり、「火遊び」であるとして強く反発している。
これにより、ただでさえ構造的な問題を抱える日中関係は、一段と冷え込みを見せている。
しかし、日本がこの台湾を巡る外交・安全保障上の対立に注力するあまり、見過ごしてはならないもう一つの重大なリスクが存在する。
それは、北朝鮮による「軍事的挑発のエスカレート」である。
緊張を利用する北朝鮮の思惑

画像 : 北朝鮮の弾道ミサイル Stefan Krasowski / CC BY 2.0
日中関係の悪化、特に台湾問題への日本の関与深化は、北朝鮮にとって格好の機会となり得る。
北朝鮮は、核・ミサイル開発を放棄する意思を全く見せておらず、むしろその能力の高度化と実戦配備を急いでいる。
彼らにとって、日米韓の安全保障協力体制の足並みが乱れること、そして地域の主要国である日中が対立を深めることは、自国の軍事行動への国際的な注目や制裁圧力を分散させる上で極めて有利に働く。
例えば、中国が台湾問題で日本や米国との対立を深めれば、その外交・軍事的なリソースは南西諸島や台湾海峡方面に集中せざるを得なくなる。
この「空白」を突いて、北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を頻繁に行ったり、核実験に踏み切ったりする可能性が高まる。
彼らはこれまでも、国際社会の関心が他に向いている時期を狙って挑発行動を繰り返してきた経緯がある。
実際、2025年10月には韓国開催のAPEC首脳会議直前に複数の弾道ミサイルを発射しており、国際情勢の「空白」を突く行動パターンが改めて確認された。
台湾海峡と朝鮮半島 〜連動する危機への備え
日本は、安全保障政策において台湾有事を「存立危機事態」になり得るとしたことで、自国の防衛における「切れ目のない対応」の枠組みを明確化した。
しかし、東アジアの安全保障環境は、台湾海峡の緊張と朝鮮半島の不安定さが常に連動するという特性を持っている。
どちらか一方にのみ焦点を当てることは、全体的なリスク管理の失敗につながりかねない。
日中間の緊張が高まる中で北朝鮮が挑発をエスカレートさせた場合、日本は二正面の危機に対応する必要性に迫られる。
これは、自衛隊のリソース配分や国民の安全保障意識、そして外交努力の方向性を複雑化させる。
特に、情報戦やサイバー攻撃といった非対称的な脅威への対応は、より困難になるだろう。

画像 : 北朝鮮 ASDFGHJ CC BY 2.0
日米韓協力の強化と多角的な外交戦略
この複合的なリスクを回避するため、日本が取るべき戦略は明確である。
第一に、日米韓の安全保障協力を、日中関係の冷え込みとは無関係に、さらに強固なものにする必要がある。
北朝鮮の脅威に対する抑止力を維持し、共同対処能力を高めることが最優先である。
第二に、中国との対話の窓を完全に閉ざさない外交努力が求められる。
戦略的互恵関係の維持を主張し、予期せぬ衝突や誤解を防ぐための危機管理メカニズムを機能させ続けることが重要である。
そして何よりも、北朝鮮の軍事的挑発に対する警戒を緩めず、ミサイル防衛能力の強化、避難体制の整備など、国民の生命と安全を守るための実効的な準備を進めることが、日本の喫緊の課題である。
日中関係の悪化という状況下でも、北朝鮮という「もう一つのリスク」への視線を決して逸らしてはならない。
文 / エックスレバン 校正 / 草の実堂編集部























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