豊臣兄弟!

【豊臣兄弟!】松平元康(松下洸平)が着ていた「金色の鎧」は実在する?金陀美具足を徹底解説

第3回放送「決戦前夜」で、松平元康(松下洸平)が着ていた金色の鎧が気になった視聴者も多いのではないでしょうか。

あれは実在するもので、その名を「金陀美塗黒糸縅二枚胴具足(きんだみぬり くろいとおどし にまいどうぐそく)」と言います。

長いので金陀美具足(きんだみぐそく)と呼ばれる方が多いでしょう。

今回はこちらの金陀美具足についてご紹介。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」を楽しむご参考になれば嬉しいです。

金陀美具足の名称から、実態を解き明かす

画像:徳川家康所用 金陀美具足 Public Domain

まず金陀美具足とはどんな鎧なのか、正式名称「金陀美塗黒糸縅二枚胴具足」を分解しながら意味を解き明かしていきましょう。

金陀美塗(きんだみぬり)とは

漆を塗った上から金粉を蒔いて仕上げる「金溜塗(きんためぬり)」が転じて、「きんだみ」と呼ばれるようになったものと考えられています。

当て字にも意味が込められており、「陀(だ)」には「くずれる・落ちる」といった語義があり、「美」は文字通り美しさを表します。
このことから金陀美とは、金粉が散り落ちるように施された装飾によって、美しく仕上げられた状態を指す語と解釈することができるでしょう。

黒糸縅(くろいとおどし)とは

黒糸は文字通り黒い糸で、縅とは鎧のパーツ(特に銅や袖、草摺など)を糸で結び合わせた状態、またはその行為です。

二枚胴(にまいどう)とは

鎧の胴体を前後二枚の板(鉄板など)で包んだ状態を指します。

具足(ぐそく)とは

文字の意味は「具(そな)え足りる」。
要するに胴体を護る鎧だけでなく、兜や籠手(こて)、脛当(すねあて)なども一式揃った状態です。

これらの意味を総合すると「金溜塗で美しく仕上げた各パーツを黒糸で縅している、二枚胴の鎧一式」と言えるでしょう。

金陀美具足・各部の紹介

画像 : イメージ photoAC

金陀美具足は具足というだけあって、各部パーツから構成されています。

ここではそれぞれの構造や役割を見ていきましょう。

一、兜(かぶと)

頭部を護る防具で、頭の形に沿ったデザインの頭形兜(ずなりかぶと)と、後頭部とうなじを保護する錣(しころ)が縅されています。

前面には可愛い?耳のようなパーツが飛び出していますが、これは吹返(ふきかえし)といって側頭部を守る役割を持ち、時代が下るにつれて装飾的な意味合いも強まっていきました。

ニ、面頬(めんぼお)

顔面を護る防具で、金陀美具足では鼻や口を出して頬と顎を護る形状になっています。

また喉を保護する喉輪(のどわ)が縅されています。

三、袖(そで)

肩から肘までにかけて護る防具で、騎射戦から白兵戦が主流になるにつれて、次第に小型化していきました。

四、胴(どう)

腹と背と腋(わき)をすっぽり保護するタイプの鎧を胴丸(どうまる。胴を丸ごと保護)と言います。
鉄砲(火縄銃)など貫通力の高い武器が普及すると、鉄板などが採用されました。

また腰から大腿部を保護する草摺(くさずり)が縅されています。

五、籠手(こて)

主に手首から肘までを保護する防具で、袖状の布に鉄板などを縫いつけて防御力を高めました。

騎射戦から白兵戦が主体になったことで、両腕に装備するようになります。

六、佩楯(はいだて)

腰から膝までを保護する防具で、エプロンのように腰で結びました。

金属板などを縫いつけて強化する時は、脚の動きを妨げないよう左右に分けられます。

七、脛当(すねあて)

膝下から踝(くるぶし)までを保護する防具で、最初は文字通り脛だけを保護するものが主流でした。

それが南北朝時代以降は、膝頭を包みこむ立挙(たてあげ)が追加されています。

松平元康の活躍を紹介

画像 : 月岡芳年「尾州大高兵糧入図」public domain

第3回放送「決戦前夜」では、後世に伝わる「大高兵粮入れ(敵に包囲された大高城への兵糧運び込み)」で活躍していた松平元康。

続く桶狭間の決戦では、その前哨戦となる鷲津砦(わしづとりで)や丸根砦(まるねとりで)の攻略戦でも奮闘します。

その様子が『信長公記』にあるので、読んでみましょう。

……今度(こたび)家康ハ朱武者(あけむしゃ)尓て(にて)先懸(さきがけ)をさせられ大高へ兵粮入(ひょうろういれ)鷲津丸根にて手を碎(くだき)御辛労なされたる尓依て人馬の休息大高尓居陣也……

※『信長公記』廿四・今川義元討死之事

【意訳】家康(元康)は今回の朝駆けにおいて先鋒を務め、大高兵粮入れや鷲津砦・丸根砦の攻略で粉骨砕身の働きを見せたので、兵馬を休ませるために大高城へ入った。

この朱武者(明武者)とは、夜明けから早朝にかけて出撃・交戦する「朝駆け(夜討ちの対語)」を意味しています。

もし元康が金陀美具足を身にまとっていたら、燦然たる朝陽を浴びて朱色に輝いていたかも知れませんね(晴れていれば、ですが……)。

また『東照宮御実紀(徳川実紀)』でも、元康の武勲を紹介していました。

……君もその先隊におはし給ひ。先丸根の城をせめ落したまひ。やがて鷲津も駿勢せめおとす。義元大高城は敵地にせまり大事の要害なればとて。鵜殿にかへて君をして是を守らせ……

※『東照宮御實紀 巻二』永禄三年

【意訳】元康も桶狭間の先陣を務め、先に丸根砦を攻略し、後に鷲津砦も怒涛の勢いで攻略した。今川義元は「大高城は敵前の要害であるから、守備を鵜殿長照(うどの ながてる)から元康に交代させよ」と命じられた。

桶狭間の合戦は永禄3年(1560年)、元康は天文11年(1543年)生まれですから、この時点でわずか18歳。

当時としては元服していても、まだまだ青い若造に過ぎません。にもかかわらず、義元から要衝の地を任されるほど信頼されていたのですね。

実際に金陀美具足を着ていたかいなかったかはわかりませんが、目映いほど立派な青年だったことでしょう。

終わりに

今回は松平元康が桶狭間の合戦で着ていたとされる金陀美具足と、元康の活躍について紹介してきました。

桶狭間の結果は、ご存じのとおり今川義元(大鶴義丹)が織田勢に討ち取られ、その混乱に乗じて元康は悲願の独立を果たすことになります。

果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、松下洸平の演じる松平元康がどのような活躍を魅せてくれるのか、期待していきましょう!

※参考文献:
・小和田泰経 監修『完全保存版 戦国武将 武具と戦術 甲冑・刀剣のことから合戦の基本まで』枻出版社、2015年6月
・宮崎真澄ら編『新装版 日本甲冑の基礎知識』雄山閣、2006年2月
文 / 角田晶生(つのだ あきお)校正 / 草の実堂編集部

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