豊臣兄弟!

まだ無名だった秀吉に嫁いだ少女・寧々 〜信長が送った慰めの手紙とは『豊臣兄弟』

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、主人公の小一郎(豊臣秀長/仲野太賀)はもちろん、姉妹、恋人、夫婦など、周囲の人物もキャラが立っていて魅力的だと評判です。

特に、戦国女性の中でも人気の高い寧々・まつ・お市の三人は、大きな関心を集めています。

その足跡なしには戦国時代を語れないとさえ評される彼女たちは、実際にはどのような女性だったのでしょうか。

今回は、大河ドラマで描かれる姿と史料に残る実像を行き来しながら、寧々の人物像に迫ります。

画像:有馬温泉街の中心部、ねね橋にある『ねねの像』photo-ac  bontenmaru

「寧々」は多くの作品に登場、キャラも多彩なのが特徴

寧々(ねね : 一説では「おね」とも)は大河ドラマで何度も描かれています。そのため、ドラマによってキャラクターも多彩なのが特徴です。(以降、寧々で統一します)

過去の例を一部挙げて、その特徴を比較してみましょう。

『女太閤記』(1981)は、大河ドラマで唯一、寧々を主人公に据えた作品です。
佐久間良子さんが演じ、愛情深く芯の強い女性像が描かれました。いまなお「歴代寧々の代表格」と評する声もあります。

『秀吉』(1996)では沢口靖子さんが演じ、喜怒哀楽のはっきりした情熱的な人物として登場しました。浮気性な秀吉を叱り飛ばす場面も印象に残っています。

『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』(2002)では酒井法子さんが演じ、まつ(松嶋菜々子)と親しく交わる姿が描かれました。戦国の賢妻として、気丈で優しい印象でした。

『どうする家康』(2023)では和久井映見さんが寧々を演じ、貫禄と落ち着きを備えた大人の女性として描かれました。

総じて寧々は「腹が据わった・気丈・強くて賢い女性」というイメージで描かれています。

『豊臣兄弟!』の浜辺美波さん演じる寧々は、まだ秀吉と付き合う前の少女時代からスタート。
負けず嫌いで気が強く、いわゆるツンデレ気質ながら、どこかヘタレで幼い部分もあり、そのチャーミングさが強調されているようです。未完の寧々から物語が始まる点も新鮮に映ります。

この先、浜辺・寧々はどのように変化していくのでしょうか。

画像:北政所(左)と秀吉(中央)「太閤五妻洛東遊観之図」(喜多川歌麿)public domain

最強の「内助の功」を発揮した寧々

史実の寧々は、天文17〜18年(1548〜1549)頃、信長の家臣・杉原定利と朝日殿の次女として誕生後、浅野長勝・ふくの養女になります。

秀吉と結婚したのは、12〜13歳頃とされます。

婚姻の経緯や時期には諸説ありますが、後世には恋愛婚として語られることもあり、質素ながら婚儀を行ったと伝えられます。

寧々は、結婚後は義母のなか(大政所)に孝を尽くし、義弟の秀長や一族とも良好な関係を築き、豊臣政権を内側から支え続けました。

そして、天正13年(1585)、秀吉の関白就任とともに、正室の寧々は「北政所」の称号を与えられます。

その後、秀吉は京都に聚楽第を構え、関白としての政治的基盤をいっそう固めていきました。

寧々は、秀吉の不在時には政務を務めたり朝廷との交渉を引き受けたり、人質として集めた諸大名の妻子の面倒をみるなど政治面でのサポートも行い、周囲からは一目も二目も置かれる存在になったそうです。

秀吉との間に子供は授からなかったものの、秀吉や自身の親類縁者の子らを引き立て、のちに豊臣家を支える武将となる人材を育んでいきました。

そんな寧々に、秀吉は終生敬意を払い続けたといいます。

画像: 寧々に育てられたという加藤清正(月岡芳年)public domain

信長が寧々を気遣うために送った書状

そんな寧々ですが、秀吉の女好きには心を痛めていたようです。

そのことをうかがわせるのが、信長が寧々を気遣って送った書状です。

この書状は現存しており、そこには秀吉を諫め、寧々を励ます言葉が記されています。

「藤きちらう、れんゝゝふそくのむね申のよし、ごん五だうだん、くせ事に候、いづかたをあひたづね候とも、それさまほどのは、又二たび、かのはげねずみ、あひもとめがたきあひだ、これよりいごは、みもちを、らうくわいになし、いかにも、かみさまなりに、おもゝゝしく、りんきなどに、たち入り候ては、しかるべからず候、たゞし、をんなのやくにて候あひだ、申ものゝ、申さぬなりに、もてなしし給べし、なをぶんていに、はしいに、はいけんこひねがふものなり」

意訳 :
藤吉郎がたびたび不満を申しているとは言語道断である。どこを探しても、あなたほどの女性を、あのはげねずみが再び得ることはできまい。これからは身の持ち方をおだやかにし、奥方らしく堂々と振る舞いなさい。嫉妬に立ち入るのはよくない。ただし女の役目でもあるのだから、言うべきことはすべてをぶつけるのではなく、ほどよく抑えて対処しなさい。

なお、この文は藤吉郎にも見せるように。

織田信長書状(寧々宛)より

画像 : 織田信長筆 (寧々宛書状)1941年刊行図録所収 Public domain

また、信長は寧々に対し、次のようにも記しています。

「それのみめふりかたちまで、いつぞや、みまいりし折ふしよりは、十の物廿ほどもみあげ候」

意訳
あなたの身なりや姿かたちは、以前お目にかかった折よりも、十が二十になるほどに、いっそう美しくなられました。

織田信長書状(寧々宛)より

魔王と恐れられた信長が、これほどまでにジェントルマンな手紙を書いているのは意外です……デリケートな女心に配慮できる人物であったことが伺えます。信長も寧々の才女ぶりを評価していたのでしょう。

とはいえ、秀吉も寧々には気を遣っていたようです。

戦場にあって戦況を伝える書状の中で、側室の淀を呼び寄せたいと願う際にも、まず「あなたの次に淀が気に入っている」と書き添えています。
さらに、「あなたの指示で淀を呼んでほしい」と続けている点が興味深いところです。『豊大閤真蹟集』

この、信長と秀吉のエピソードはドラマでも登場しそうですね。

高台寺で静かに過ごした余生

画像:京都・東山の「高台寺」の開山堂と観月台(屋根つき廊下の中央付近)。ねねが秀吉を偲び月を眺めたといわれる場所。(撮影:桃配伝子)

秀吉は慶長3年8月18日、62歳で亡くなります。

淀殿との間に生まれた秀頼を溺愛し、晩年は伏見城で過ごしていましたが、その最期を寧々も見守ったと伝えられます。

秀吉の死後、寧々は秀頼の婚儀を見届けたのち仏門に入り、高台院と号しました。慶長10年(1605)、京都・東山に高台寺を建立し、その門前に屋敷を構えます。

豊臣家の菩提を弔いながら余生を送り、寛永元年(1624)、享年76で生涯を閉じました。

高台寺の建立には徳川家康の後援があり、加藤清正や福島正則ら旧豊臣系の大名も往来したと伝えられます。

寧々は多くの戦国大名から、単なる天下人の妻としてではなく、一人の人物として一目置かれた存在でした。

織田から豊臣、そして徳川へと移り変わる激動の時代を見つめながら、高台寺で静かに過ごした晩年。

当時、身分も低く、将来の見通しも定かではなかった秀吉に嫁いだ一人の娘が、やがて天下人の正室となったその人生を、庭園の四季の移ろいとともに振り返っていたのかもしれません。

秀吉(左)と寧々(右)太閤五妻洛東遊観之図(喜多川歌麿筆)public domain

参考:
田端泰子『北政所おね -大坂の事は、ことの葉もなし-』
黒田 基樹『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』
文/桃配伝子 校正/草の実堂編集部

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アパレルのデザイナー・デザイン事務所を経てフリーランスとして独立。旅行・歴史・神社仏閣・民間伝承&風俗・ファッション・料理・アウトドアなどの記事を書いているライターです。
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