豊臣兄弟!

【豊臣兄弟!】小便をかけられても怒らなかった?天才軍師・竹中半兵衛の逸話

NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、配役が公式「X」で発表されるたびに話題となります。

なかでも1月にシルエットだけで「あの人だ!」と盛り上がったのが天才軍師・竹中半兵衛でした。

キャストは、俳優の菅田将暉さん。
その後、着物姿のメインビジュアルがリリースされ「美しい!」「かっこいい!」と評判になり、「早く登場してほしい」と待ちかねる声がたくさん上がっていました。

今回は、過酷な戦国時代を生き抜き、享年36の若さで亡くなった竹中半兵衛の人間像を追ってみます。

画像:竹中半兵衛 public domain

竹中半兵衛の出自

竹中半兵衛が、NHK大河ドラマに初めて登場したのは、1965年の『太閤記』でした。

2000年代に入ってからは、『功名が辻』(2006)の筒井道隆さん、『軍師官兵衛』(2014)では谷原章介さんが演じました。

いずれにしても、知的・落ち着いている・上品・シュッとしているなどの雰囲気が共通しています。

史実では「半兵衛」は通名で、本名は「竹中重治(しげはる)」。美濃国の斎藤道三の家臣・竹中重元の子として誕生しました。

前半生については詳しい記録が多く残っているわけではありませんが、半兵衛は若い頃から学問を好み、『孫子』などの兵法を研究し、知略を重んじる武将として頭角を現していきました。

17歳(19歳とも)頃に父・重元が亡くなり家督を継いだ半兵衛は、菩提山城の城主として斎藤龍興に仕えることになります。

また半兵衛は、西美濃三人衆の一人・安藤守就の次女・得月院を正室に迎えただけで、側室は置かなかったようです。きっと、夫婦仲がよかったのでしょう。

次は、後世の軍記物や談話集に見えるものですが、半兵衛にまつわる興味深い話をいくつかご紹介いたします。

画像 : 歌川国芳 「太平記英勇伝 建中官兵衛重治 竹中半兵衛」public domain

「小便」をかけられた?

半兵衛の若き日の逸話としてよく知られるのが、「小便をかけられた」という話です。

この逸話は江戸時代の逸話集『常山紀談』などに見えるもので、半兵衛の人物像を語る話として広く知られています。

酒色にふける若き主君・斎藤龍興は、生真面目に諫言を重ねる半兵衛を快く思っていませんでした。
そこで龍興に近い家臣が、登城してきた半兵衛に櫓の上から小便を浴びせたのです。

武士にとって耐え難い屈辱といえる出来事ですが、半兵衛は何事もなかったかのように城を後にします。
しかし、その沈黙は従順さを意味するものではありませんでした。

永禄7年(1564)2月、半兵衛は舅・安藤守就らとともに稲葉山城を急襲し、龍興を退去させて城を掌握したのです。
城内で討たれた者もあったとされ、この一件は美濃国内に大きな衝撃を与えました。

なお、「知らぬ顔の半兵衛」という言い回しは、この逸話と結びつけて語られることがあります。ただし、この出来事が直接の語源かどうかははっきりしていません。

息子が話中に「小便」に立つと怒る

『常山紀談』には、半兵衛にまつわる別の「小便」逸話も載っています。

息子の竹中左京に軍談を語っていたとき、左京が途中で席を立ち、「厠に行きたい」と言い出しました。

すると半兵衛は、「軍談の最中に席を立つとは何事か!たとえ漏らすことがあっても席を離れるな」と厳しく叱ったといいます。

この言葉は一見すると理不尽にも思えますが、軍談を軽んじる態度を戒めたと読むこともできます。

戦場では一瞬の判断が生死を分ける以上、平時から集中力を養えという教えでしょう。

懐の餅に命を救われる

画像 : 竹中半兵衛の家紋(丸に九枚笹)ac-illust akiramen

竹中家の家紋は「丸に九枚笹」とされます。竹や笹は常緑であることから、武家に好まれた意匠の一つでした。

一方で、竹中家には「餅」にまつわる逸話も伝えられています。

元亀元年(1570)、姉川の戦いに出陣する際、半兵衛が懐に入れていた餅に矢が刺さり、そのおかげで命を拾ったという話です。

この出来事にちなみ、竹中家では黒い丸の「石餅紋」を用いるようになったとも語られています。

おわりに

半兵衛の人物像を示す逸話は、ほかにもさまざま伝えられています。

たとえば『武功夜話』では、「策を玩び、常人にあらざる鬼骨の所行あり」とされ、『竹中家譜』では中国攻めの陣中で病に倒れた際、秀吉から京で養生するよう勧められても退かず、「陣中で死ぬ事こそ武士の本望」と述べたとも伝えられます。

『豊臣兄弟!』では、8話「墨俣一夜城」に続き、9話「竹中半兵衛」にも登場予定です。

菅田将暉さん演じる半兵衛が、藤吉郎や小一郎とどのように関わっていくのか、どのように描かれていくのか注目です。

参考:
・『軍師 竹中半兵衛』 笹沢左保
・岐阜県垂井町公式サイト(竹中半兵衛さんあれこれ)
文 / 桃配伝子 校正 / 草の実堂編集部

  • Xをフォロー
好きなカテゴリーの記事の新着をメールでお届けします。下のボタンからフォローください。
アバター画像

桃配伝子

投稿者の記事一覧

アパレルのデザイナー・デザイン事務所を経てフリーランスとして独立。旅行・歴史・神社仏閣・民間伝承&風俗・ファッション・料理・アウトドアなどの記事を書いているライターです。
神社・仏像・祭り・歴史的建造物・四季の花・鉄道・地図・旅などのイラストも描く、イラストレーターでもあります。

✅ 草の実堂の記事がデジタルボイスで聴けるようになりました!(随時更新中)

草の実堂Audio で聴く

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

関連記事

  1. 『豊臣兄弟』秀吉が最初に名乗った「木下」と幼名「日吉丸」の謎
  2. 「安土桃山時代」は間違いだった?学界で広がる「織豊時代」とは
  3. 織田政権の出世頭はやはり『豊臣兄弟』だった?秀吉と秀長の知行高を…
  4. 信長はどのように尾張を支配したのか?『豊臣兄弟』以前、織田家に何…
  5. 朝倉滅亡で大混乱!越前一向一揆とは?わかりやすく解説【豊臣兄弟!…
  6. 【豊臣兄弟!】長秀から秀長へ。豊臣秀長の名前は、なぜ逆になった?…
  7. 『弟は危険人物だった?』なぜ上級武家では弟殺しが多かったのか
  8. 「明智光秀は容姿端麗だったのか」史料が語る外見と性格、謎の前半生…

カテゴリー

新着記事

おすすめ記事

高倉健の元妻・江利チエミの波乱の生涯「異父姉の嫉妬が生んだ数億円の借金」

戦後、ピアノ弾きの父親に連れられて進駐軍のキャンプを回り歌を歌った少女がいた。その少女の名は…

【光る君へ】藤原定子と一条天皇の第一皇女・脩子内親王(井上明香里)とはどんな女性?

一条天皇の第一皇女 脩子内親王(ながこないしんのう)井上 明香里(いのうえ・あかり)一条…

なぜライオンやドラゴンなのか? 中世ヨーロッパの紋章の歴史

紋章とは、特定の家柄や組織、あるいは個人の権威や身分を示す、シンボルマークのことである。…

謎の追いかけっこ【漫画~キヒロの青春】63

最近、昼と夜の温度差がハンパないですね。早く秋にならないかなーバック・ナンバ…

立憲政治を守れ!「憲政の神様」犬養毅の闘い 【普通選挙を成立させる】

犬養毅とは昭和7年5月15日、海軍青年将校ら9人が首相官邸を襲撃した「五・一五事件」、殺…

アーカイブ

人気記事(日間)

人気記事(月間)

人気記事(全期間)

PAGE TOP