幕末明治

明治に誕生した日本初の鉄道「陸蒸気」庶民には高嶺の花、妖術だと恐れられた

明治維新を迎えた日本は、欧米列強に追いつくため、近代国家への道を一気に駆け上がろうとしていた。
そのために新政府が掲げた二大スローガンが「富国強兵」と「殖産興業」である。

これを実現するうえで、どうしても欠かせない国家事業があった。
その一つが、鉄道の建設である。

1869年(明治2年)、早くも新橋・横浜間への鉄道敷設が決定され、計画は驚くべき速さで進められていった。
そして1872年(明治5年)6月12日、近代化の象徴ともいえる鉄道は、まず品川・横浜間で仮営業を開始する。

人々はこの見慣れぬ乗り物を、親しみを込めて「陸蒸気(おかじょうき)」と呼んだ。

今回は、のちに鉄道大国となる日本の原点となった「陸蒸気」にまつわる物語をひもといていきたい。

鉄道技術主任として雇用されたエドモンド・モレル

画像:エドモンド・モレル public domain

鉄道敷設を掲げたものの、当時の日本には技術的なノウハウがなかった。
そこで政府は、イギリスの技術を導入することを決定する。

白羽の矢が立ったのが、イギリス人技師エドモンド・モレルである。
彼はイギリス植民地で鉄道建設に携わった経験を持ち、モレルを中心とした技術者たちに鉄道建設が委ねられた。

彼らの懸命な働きにより、1872年(明治5年)6月12日、品川・横浜間で仮営業が開始される。
そして10月14日、ついに新橋・横浜間が開通したのである。

「陸蒸気」と呼ばれた日本最初の鉄道

画像:150形機関車/鉄道博物館(撮影:高野晃彰)

路線完成の1年前、1871年(明治4年)、政府はイギリスから1号機関車(のちの150形蒸気機関車)など、10両の蒸気機関車を輸入した。

人々はこの新しい乗り物を、海の蒸気船に対して「陸の蒸気」という意味で、「陸蒸気(おかじょうき)」と呼んだ。
しかし文明開化まもない当時、最新の西洋文化を受け入れることは、不安や恐怖を伴うことでもあった。

人力車や馬車しか知らなかった人々にとって、新橋・横浜間を約50分で結ぶその速さは脅威に映ったに違いない。

両駅間の距離はおよそ29km。
約53分で走ったとすれば、平均時速は約33kmとなる。

これは馬とほぼ同じ速さではあるが、「陸蒸気」は馬と異なり、休むことなく走り続けることができた。
その姿を見て「キリシタンの妖術のなせる技だ」と真剣に信じ込む人もいたという。

また、「火の粉で火事が起きる」「貨幣の元になる鉄でできたレールの上を走るとはけしからん」など、今から見れば信じられない理由で反対運動も起こっていた。

陸蒸気はお金のかかる贅沢な乗り物だった

画像:黎明期の客車/鉄道博物館(撮影:高野晃彰)

現在、鉄道は手軽な公共交通機関として親しまれている。
では、開業当時の運賃はどうだったのだろうか。

当時の客車は、上等・中等・下等の3等級に分かれていた。
運賃は、上等が1円12銭5厘、中等が75銭、下等が37銭5厘である。

人力車が30銭、蒸気船が31銭だったことを考えると、陸蒸気はかなり贅沢な乗り物だったことがわかる。

ちなみに上等の1円12銭5厘は、現在の価値に換算すると約1万5000円。
現在の東海道新幹線・東京―新大阪間に相当する金額だ。

まさに最新技術の結晶・陸蒸気は、庶民にとっては高嶺の花だったのである。

在りし日の陸蒸気の姿を生き生きと伝える錦絵

画像:高輪鉄道より汐留鉄道一覧の図/昇斎一景画 public domain

黎明期の鉄道の姿を生き生きと伝えてくれるのが、当時の錦絵である。
そこには陸蒸気が海の上を走っている光景が描かれている。

これは用地買収が難航したため、新橋・横浜間のルートの約3分の1が海上に築かれた築堤の上を通っていたからだ。

東京湾や海岸線、遠景の富士山を背に、海の上を走る陸蒸気。

その風景は、当時の人々にとって新たな名物となっていたようである。

日本最初の機関車と当時の駅を訪ねる

画像:復元された新橋駅ホーム/鉄道博物館(撮影:高野晃彰)

さいたま市大宮区の「鉄道博物館」では、1号機関車(150形蒸気機関車)を見ることができる。

この機関車は新橋・横浜間で客車を牽引したのち、明治末に島原鉄道へ譲渡された。
その後、貴重な鉄道資料として国鉄に返還され、鉄道車両として初めて国の重要文化財に指定されている。

現在は、創業期の下等客車を連結した姿で静かに保存展示されている。

また機関車のすぐ傍には、当時の新橋停車場プラットホームが復元されており、黎明期の空気を肌で感じることができる。

画像:旧新橋停車場 鉄道歴史展示室 public domain

さらに東京・汐留には、旧新橋停車場駅舎を復元した「旧新橋停車場 鉄道歴史展示室」がある。
日本の鉄道の歩みを知ることができる施設で、うれしいことに無料で見学できる。

鉄道博物館とあわせて訪ねてみれば、「陸蒸気」の時代が、ぐっと身近に感じられるだろう。

文明開化の象徴として走り出した「陸蒸気」。
それは、日本が近代国家へと踏み出した確かな第一歩だったのである。

※参考文献
高野晃彰著 『ビジュアルで紐解く 日本の高速鉄道史 名列車とたどる進化の歴史』 メイツユニバーサルコンテンツ
文:撮影/高野晃彰 校正/草の実堂編集部

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編集プロダクション「ベストフィールズ」とデザインワークス「デザインスタジオタカノ」の代表。歴史・文化・旅行・鉄道・グルメ・ペットからスポーツ・ファッション・経済まで幅広い分野での執筆・撮影などを行う。また関西の歴史を深堀する「京都歴史文化研究会」「大阪歴史文化研究会」を主宰する。

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