
画像 : ゴリラとの遭遇 public domain
ゴリラといえば、霊長類に属する大型類人猿であり、我々人類の遠い親戚ともいえる存在だ。
その身体能力はすさまじく、腕力は人間をはるかに上回り、握力は500kgに達することもあるという。
一方で性格は温厚とされ、群れを守る意識が強く、無用な争いを避ける性質を持つことでも知られている。
そんなゴリラが、近代動物学の中で正式に記載されたのは19世紀に入ってからであり、それ以前は正体不明の存在として扱われていた。
凶暴な怪物のように語られ、やがて奇妙な伝説や神話が各地に生まれたのである。
今回はそうした「ゴリラ神話」を見ていきたい。
日本のゴリラ伝説
日本にゴリラの情報が伝来したのは、明治時代頃だとされている。
明治37年(1904年)刊行の『哺乳動物正図説明』にはすでにゴリラが掲載されており、この頃にはその存在が知られ始めていたことがうかがえる。
未知の類人猿に関する見聞は日本人の感性を大いに刺激し、大正期にはゴリラにまつわる奇譚も語られるようになっていった。
もっとも有名なものに、沖縄の「ゴリラ女房」が挙げられる。
ザックリ説明すると、遭難した男がゴリラと共同生活をし、やがてゴリラとの子を育むという物語である。

画像 : ゴリラ婿入 草の実堂作成(AI)
このゴリラ女房とよく似た話に、「ゴリラ婿入」というものがあるので、紹介しよう。
(意訳・要約)
とある女性が、南の島で遭難した。
女性は洞窟でサバイバル生活をしていたが、そこへゴリラがやってきて、二人は結ばれた。
女性はゴリラとの子を儲けたが、日に日に望郷の思いは募るばかりであった。ある日、島の近くに船が通ったので、女性は子を連れて逃げ込もうとした。
しかし追いかけてきたゴリラに、子は奪われてしまった。ゴリラは子の股座を掴み、流暢な沖縄弁で「引き裂くぞ」と女性を脅した。
しかし女性は構わず、船に乗って逃げ去った。
怒ったゴリラは子を放置し、洞窟へと戻っていった。さて、哀れなこのゴリラとヒトの子は、なんとか一人で生き延び、成長していった。
そして別の島へ上陸し、そこで言葉や道具の使い方を覚え、人間の妻を娶り子も生まれた。その後、彼が久しぶりに故郷の南の島へ戻ってみると、洞窟には父ゴリラの白骨が転がっていた。
骨は埋葬され、供養されたという。
西アフリカのゴリラ的民族

画像 : ガボン共和国 illstAC cc0
そもそも、なぜ「ゴリラ」という名前なのだろうか。
紀元前5世紀頃の話である。
カルタゴ(現在のチュニジア北部)から西アフリカに向けて、一つの船団が出航した。
船団のリーダーの名前はハンノ(Hanno the Navigator)といい、当時のカルタゴで高い地位にあった人物と伝えられている。
紆余曲折の末、船団は西アフリカ沿岸のとある島(現在のガボン辺りだと考えられる)に上陸した。
するとそこには、全身毛むくじゃらの、謎めいた民族が住んでいた。
そのほとんどが女であり、気性は荒く獰猛であった。
現地の通訳者はこの民族をゴリライ(Gorillae)と呼称し、これが現在のゴリラの名の語源となったとされる。
船団はそのうち女3人を捕らえようとしたが、激しい抵抗に遭ったため殺してしまった。
皮は無惨にも剥がされ、戦利品としてカルタゴに持ち帰られた。
この皮は、紀元前146年に共和政ローマがカルタゴを滅ぼした際、失われてしまったという。
西アフリカおよびガボンは、ニシローランドゴリラの生息地として名高い。
しかし、ハンノの船団が出会ったゴリライが本当にゴリラであったかどうかは不明である。
ゴリラの神 ~The God of Gorilla~

画像 : カメルーン illstAC cc0
ゴリラが生息するアフリカにおいては、ゴリラは神格化されている。
アフリカ中西部に位置するカメルーンには、ンギ(Ngi)と呼ばれるゴリラ神の伝説が残る。
神話によると、まずこの世界は至高の神ザンバ(Zamba)によって創世されたが、人間だけは作らなかった。
その後、ザンバは自身の息子たちに、人間を創造するように命じた。
息子たちはそれぞれ、賢いカマキリのンココン(N’Kokon)、愚かなトカゲのオトゥクット(Otukut)、好奇心旺盛なチンパンジーのウォ(Wo)、そして力持ちのゴリラであるンギ(Ngi)の4者だった。
彼らはそれぞれ、自分の姿に似せて人間を創造した。
そのため人間には、賢い者、愚かな者、好奇心の強い者、力のある者がいるのだという。
またンギ(Ngi)の名は、ガボンやカメルーンなどに住むファン族やブル族の間に存在したとされる、秘密結社の名称としても伝えられている。
この「秘密結社Ngi」については、ドイツの民族学者ギュンター・テスマン(1884~1969年)の著書『Die Pangwe』が、初期の重要な記録として知られている。

画像 : Ngi 草の実堂作成(AI)
Ngiは、呪術や犯罪を取り締まる秘密結社として機能していたとされる。
呪術を行ったと疑われた者や共同体の秩序を乱した者は、Ngiによって密かに粛清されるので人々はこの組織を大いに恐れていた。
またNgiは「火の精霊」とも結びつけられ、その姿はゴリラに重ねられていた。
しかし植民地支配を進めるヨーロッパ人にとって、Ngiの影響力は見過ごせるものではなかった。
Ngiは植民地支配の拡大にともなって強く弾圧され、20世紀初頭には公然と活動することが難しくなっていったと考えられている。
このようにゴリラは実際の姿が知られる以前から、恐怖、畏敬、幻想をまといながら、人間の想像力の中で生き続けてきたのである。
参考 : 『国頭村の昔話』『ハンノのペリプラス』『Die Pangwe』ほか
文 / 草の実堂編集部

























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