
画像:『万葉集』の巻頭を飾る歌を詠んだ雄略天皇 public domain
あなたは『万葉集』に、どのようなイメージを抱いているだろうか?
「格式高くてとっつきにくい」「読んだり聞いたりするだけで眠くて退屈」「何を言いたいのかがよくわからない」など考えるなら、それは誤解かもしれない。
コンプライアンスという概念や言葉が存在しなかった古の日本で、歌人たちは今日の常識には縛られず、思うがまま自由に歌を詠んでいた。
つまり『万葉集』の「格式高さ」とは、現代人が勝手にレッテル貼りしたものといえるのではないだろうか。
もちろん『万葉集』には「梅花の宴」など上品で優雅な歌や切ない恋の歌など美しい歌が多くを占めるが、決して上品とは言えない歌や、愚痴の歌、互いの容姿や体質をけなし合う歌も掲載されている。
今回は高尚な『万葉集』に壁を感じてしまう人のために、後者に焦点を当てて紹介していこう。
「質素な食事にはもう飽きた」

画像:photoAC
万葉集巻16-3829 長忌寸意吉麻呂
“醤酢に 蒜搗きかてて 鯛願ふ 我れにな見えそ 水葱の羹”
意訳…もろみと酢と、すりつぶした蒜(ノビルやネギ、ニンニクなどの総称)を合わせたタレで和えた、贅沢な鯛のなますが食べたいものだ。貧相な水草の汁物なんて、もう見たくもないんだよ。
長忌寸意吉麻呂(ながのいみき おきまろ)は、柿本人麻呂と同時期に宮廷に仕えていた下級役人だったと考えられている。
奈良時代の下級役人の食事内容は玄米、イワシの煮付けや干物、菜っ葉が入った汁物、野菜の酢の物や漬物が一般的であり、鯛は最高級の食材で貴族でも滅多に食べられるものではなかった。
役人の1日2食の食事は今の給食のような形式で宮廷で賄われていたというが、意吉麻呂はその献立に不満があったと見える。
もう目に入れたくもないほど毎日水草の汁物が出されて、うんざりしてしまったのだろう。

画像:ミズアオイ 筑波実験植物園 wiki c Qwert1234
ちなみに水葱とはミズアオイという植物のことで、かつては全国の水田に雑草として自生していたというが、現在は準絶滅危惧種に指定されている。
今でこそ鯛よりもレアな食材となってしまったミズアオイだが、えぐみと苦みが少ないため食用にはできるものの、味自体もあまりなく特に美味しいものではないという。
外出中の急な尿意や便意を野外で済ませる女性

画像:カラタチの木 wiki c Jebulon
万葉集巻16-3832 忌部首
“からたちと 茨刈り除け 倉建てむ 屎遠くまれ 櫛造る刀自”
意訳…この辺のからたちの枝を刈り取って、倉を建てようとしているんだ。だから櫛作りの奥さんよ、用足しはもっと遠くでしてくれ。
この歌における「茨」とはトゲの生えた小木の総称で、「刀自」とは中年女性や主婦に対する敬称を意味する。
奈良時代の「倉」といえば東大寺の「正倉院」を始めとする租税や宝物などを保管するための高床式の倉庫であり、この歌の詠み人である忌部首(いんべの おびと)は倉を建てるために、邪魔になるカラタチの木を刈り払おうとしたのであろう。
しかしカラタチは生垣にもよく利用される樹木で、目隠しにはもってこいだ。それが理由かどうかは不明だが、忌部首が倉を建てようとしていた場所は、櫛作りをする中年女性の排泄場所として使われていた。
大事な品を収める倉の近くを汚されては困るので、女性に対して用を足す場所をもっと遠くに変えるようお願いした、というのがこの歌の内容だ。
忌部首が女性が用を足す瞬間を目の当たりにしてしまったかどうかはわからないが、当時の人々の大らかなやり取りと人間臭さを感じさせる歌である。
腋臭と赤鼻のディスり合い

画像:辰砂(cinnabar) public domain
万葉集 巻16-3842 平群朝臣
“童ども 草はな刈りそ 八穂蓼を 穂積の朝臣が 腋草を刈れ”
意訳…おいお前たち、草刈りはもうしないでいい。刈るなら穂積朝臣の臭い腋の毛を刈ってやれ。
平群朝臣(へぐりの あそみ)という人物が詠んだこの歌は、彼の仲間である穂積朝臣(ほづみの あそみ)の脇の臭さと腋毛の多さをいじる歌である。
『万葉集』にはこのような、相手の容姿や体質を堂々といじる歌も掲載されている。そして脇が臭いと馬鹿にされた穂積朝臣も負けじと相手の容姿をいじる歌を返しているのである。
万葉集 巻16-3843 穂積朝臣
“いづくにぞ ま朱掘る岡 薦畳 平群の朝臣が 鼻の上を掘れ”
意訳…真朱(鉱物由来の赤色顔料)を掘れる場所なんてどこにあるんだ。それより平群朝臣の赤い鼻の上を掘れば、真朱が採れるだろうよ。
「真朱(しんしゅ/まそほ)」とは硫化水銀の原鉱を材料とする天然の赤色顔料で、特に中国の湖南州で採掘された上質なものを辰砂(しんしゃ)とも呼ぶ。奈良時代には仏像のメッキ処理に利用された、貴重な顔料だ。
穂積朝臣は平群朝臣にワキガをいじられたが、お返しに平群朝臣の、酒に酔って赤くなった鼻をいじり返した。
気になる平群朝臣と穂積朝臣の関係だが、2人は気の知れた仲間同士だったという。
宴会の席で盛り上がり、仲が良いからこそお互いをけなす歌を詠み合って、皆で笑い合っていた情景が思い浮かぶ。
もしかしてあなたって赤ちゃんなの?

画像:pixabay
万葉集 巻12-2925 作者未詳
“みどり子の ためこそ乳母おもは 求むと言へ 乳飲めや君が 乳母求むらむ”
意訳…おっぱいは赤ちゃんのために出るのに、あなたがそれを飲みたがるっていうの?だからあなたの乳母ぐらい年上の私を求めているかしら
最後に紹介するのは、作者未詳となっている、ある女性が自分に求婚してきた年下男性に対して詠んだ一首である。
女性は自らを乳母に見立て、「乳母みたいな年の差のある私を結婚相手に求めるなんて、あなたって赤ちゃんなの?」と、諫めるようにこの歌を詠んだ。
相手の男性の心情は不明だが、とにかくこの歌を詠んだ女性には男性の求婚に応える気がなかったようだ。
続く巻12-2926の歌もまた、同じ女性が同じ男性に宛てて詠んだ歌とされる。
万葉集 巻12-2926 作者未詳
“悔しくも 老いにけるかも 我が背子が 求むる乳母に 行かましものを”
意訳…残念なことに年を取りすぎたのよ。愛しいあなたの望み通り、乳母になってあなたのもとに行ければよかったのにね。
先の歌で相手の若さをからかっていたかと思えば、後に続く歌では「あなたの気持ちに応えるには、自分は年を取り過ぎてしまった」と自分を下げて、相手の男性を立てているようにも読み取れる。
若い女性とは異なる、年を重ねた女性ならではの機転の利かせ方に、相手の年下男性は惚れ込んでしまったのかもしれない。
掘れば掘るほどおもしろい 古のSNS『万葉集』

画像:平城宮 復元された第一次大極殿 wiki c Tsuyoshi chiba
『万葉集』は古典文学ではあるが、その中身は様々な立場の人々が限られた文字数の中で、どうにか物事や感情をうまく表現しようと工夫を凝らした「古代のSNS」とも呼ばれる作品集である。
基本は31文字という縛りの中で、自分の気持ちや見たものの面白さ、日々の不満や勤め先に対する愚痴などを表現しており、現代語訳に目を通すと思わず共感してしまう歌も数多い。
悩みがある時、つらいことがあった時、なんとなく心が弱っている時は、現代のSNSからは少し距離を置いて、『万葉集』に目を通してみてはどうだろうか。
参考文献 :
伊藤 博 訳注『新版 万葉集一現代語訳付き』
文 / 北森詩乃 校正 / 草の実堂編集部

























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