まるで写真のような繊細な質感が人々を虜にする画家・フェルメール
『真珠の耳飾りの少女』を始めとして、日本での知名度も高まっている。しかし、彼の生涯、そして作品については不明な点も多いため、作品の人気に反して謎の多い画家としても知られている。
そして、最大の謎である「現存する作品の数」
今回は、レンブラントと共に17世紀のオランダを代表するフェルメールの謎について調べてみた。
日本での人気
※真珠の耳飾りの少女
2015年、東京の国立新美術館と京都市美術館で「ルーヴル美術館展 日常を描く一風俗画に見るヨーロッパ絵画の真髄」が開催され、両美術館併せて約110万という入場者記録を残している。この時の目玉は何といっても、初来日の名画「天文学者」であった。
さらに、2012年には『真珠の耳飾りの少女』が初来日するなど、「フェルメールイヤー」と呼ばれた。このときには『真珠の耳飾りの少女』観たさの人々で混雑し、行列が出来たほどである。
しかし、実際に日本でフェルメールの作品が人気になったのはここ20年ほどのことだろう。2004年には、絵画の『真珠の耳飾りの少女』にインスパイアされたトレイシー・シュヴァリエの同名の著書が映画化されて話題となった。
フェルメールの作品は「静」の描写が多い。派手ではないが、繊細さと空間の密度が感じられる。そうした作風が日本人の心を強く惹き付けるのだ。
では、なぜ彼の絵はそれまで日本での知名度が低かったのだろうか。
フェルメール の現存する作品
※天文学者
まず、フェルメールの作品で現存するものが33~36点ほどしかないという理由がある。彼の作品は贋作が多く、研究者によって真贋の意見が分かれるためだ。1945年には天才的な贋作師であるハン・ファン・メーヘレンが描いた『キリストと悔恨の女』が、ナチス・ドイツのヘルマン・ゲーリング元帥の居城から押収されたこともあった。
さらに1970年代以降には、フェルメールの作品が次々と盗まれる事件が発生している。
こうした経緯から、作品の破損の可能性も含めてルーブルなどの大手美術館は貸し出しを渋っていたのだ。恐らく、近年の日本の展示・警備体制が認められた結果、『天文学者』などの有名作品が日本に初上陸することになったのだろう。
しかし、彼が生涯に描いた作品は大変少なく、現存するものはわずか三十数点。記録だけには他にも10点ほどが記されているが、当時から人気画家として名の知れていた彼の作品数が少ないのにも理由があった。
時代背景
※ラピスラズリ
スペインの領土であったオランダが、16世紀にネーデルラント連邦共和国として独立できた背景には、商人たちの存在を抜きにしては語れない。
当時のオランダは、まさに貿易の黄金時代にあり、市民の経済水準もかなり高かった。一部の富裕層だけではなく、個人経営の商人までもが絵画を集めては店先に飾ったという。
ヨハネス・フェルメールの父も絹織物職人でありながらパブと宿屋を経営しており、フェルメールも結婚と同時に家業を継いでいる。この時にはすでに画家として筆を取っていたようだが、誰に師事したのかは記録にない。さらに彼自身も画商を兼ねていた。
もっとも、結婚した時点で父親は多額の負債を抱えており、人並み以上の生活が送れたのも裕福な義母の支えによるところが大きい。義母も財力は生活だけではなく、フェルメールの画家としての支えでもあった。当時は純金よりも高価だった「ラピスラズリ」という鉱石を原料にした「青」を存分に使えたという。
彼の画はすぐに評価され、有力なパトロンにも恵まれた。そのため、彼は多くの作品を描く必要もなく、ひとつの作品に時間を掛けることができた。これが、彼の作品点数が少ない理由であった。
作風
※『聖プラクセディス』
さて、フェルメールの作風だが、これも時代背景に影響を受けているところが大きい。
初期の数点を除き、そのほとんどが宗教画ではなく風俗画や風景画ばかりである。1655年に描かれたとされる『聖プラクセディス』は、処刑されたキリスト教徒の血を拭い清めた人物だが、真贋については意見が分かれている。もし、真作ということであれば、フェルメールにとっては初期の作品だ。
同時期の作品には『マリアとマルタの家のキリスト』や『ディアナとニンフたち』といったキリスト教や神話を題材にした作品もあるのだが、『取り持ち女』という売春婦の斡旋をする女性を描いた作品もある。
こうした変化は、ネーデルラント連邦共和国が偶像崇拝を禁止したプロテスタントの国であったこと、それまでこの地を支配していたスペインがカトリックだったことへの反発もあったとされる。カトリックの画は、ドラマチックな構図と描写により、観るものを圧倒させる「力」を持っているが、そうした絵画に安らぎを感じることはあまりない。だからこそ、フェルメールの「静」の絵は当時から高く評価されていたのだ。
技法
※地理学者
フェルメールの技法で特徴的なものとして、緻密な人物描写とシンプルな背景との対比が挙げられることが多い。これにより、鑑賞するものは人物に意識が集中し、より生き生きとして浮かび上がってくる。
それに加え、わずか数年後の風俗画では「光の取り入れ方」でリアルさを増すようになった。
『牛乳を注ぐ女』、『紳士とワインを飲む女』、『天文学者』など、窓を配した構図が多く、窓から入り込む光が人物の表情を際立たせ、壁や床などを柔らかく照らす。そうしたなかでも、『天文学者』と一対の作品といわれる『地理学者』は、繊細な光によって人物が羽織る青のローブが鮮やかに描かれている。陽光が眩しいのかやや目を細めて外を見る表情もリアルだ。ちなみにこのローブは江戸時代に南蛮貿易によりオランダに持ち込まれた半纏がモデルだともいわれる。
最後に
フェルメールの作品は、当時のオランダの絵画らしくどれもサイズが小さい。
しかし、その小さな画面から伝わる生活感は、さながら写真のように当時の風を感じることが出来る。頭で理解するのではなく、見るだけで優しく感性に触れる作品が多いことも、人々を魅了する理由なのだろう。
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