鉄仮面は、アレクサンドル・デュマ原作の小説「三銃士」の続編にも登場する不思議な人物ですが、ルイ14世の時代のバスチーユ監獄に収監されていた実在の囚人です。
ルイ14世の双子の兄説、二重スパイ説、色々あり長い間歴史家や小説家の想像をかきたて、興味をひきつけてきました。この鉄仮面の正体はいったい誰だったのかということは、いまだにはっきりとは解明されていません。
ただ、最近になって史料を駆使しての推理がされて、これが真実ではないかとかなり納得させる決定打が出たのです。「鉄仮面 歴史に封印された男」ハリー・トンプソン著を主に調べました。
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実は鉄ではなくビロード製の覆面だった
生きている間、人に会うときはビロードで顔を隠せと命令されていました。
名前もなく、仮の名マルショワリ―と呼ばれ、1703年に亡くなった後、住んでいた独房のどこかに自分の正体を書いた文書や何かを残していないか、徹底的に調べるために、すべてタイルや壁をはがして作り替え、家具や調度品は取り壊され、衣服なども燃やされたということです。そして遺体の顔はつぶされた状態で人知れず埋葬されました。ここまで証拠隠滅されるなんて、いったい何をしたのか、誰だったのか、興味をひかれるのは当然だと思います。
当時の監獄事情を考えると、異常な待遇の良さ
ルイ14世は専制君主ですから、現在のように法律によって裁かれ、刑を申し渡されて服役するのではありません。政治犯とか国事犯とか、嫌疑をかけられれば否応なしに簡単に逮捕されて投獄されるのは当たり前の時代で、処刑されることすらありました。ただ、投獄された貴族のバスチーユ監獄での暮らしは、他の囚人と同じというわけではなく、望めば愛人も呼び寄せられたし、ワイン付きの豪勢な食事を楽しめた人もいたということです。
「鉄仮面」も、他人に話しかけようとすれば容赦なく殺せと厳命されていたのにもかかわらず、極上の下着を支給され、食事も豪勢で、VIP待遇だったのでした。
ハリー・トンプソンの本によれば、「鉄仮面」は、1630年代後半生まれ、1669年に30歳前後で逮捕されました。その後、歴代の陸軍大臣が国王に代わって個人的に監督し、常に司令官サン・マールという人物の管理のもとに置かれました。
最初は南アルプスのピネロル要塞の監獄に収監されて、ルイ14世の莫大なポケットマネーで特別な部屋と3重の扉を作り、さらに看守たちも高給で雇いました。他の囚人たちは扱い悪く、気まぐれに処刑されたりもするのに、この囚人は巨額で養われ、更に大臣たちが手紙で暮らし向きを気にしていたのでした。
「鉄仮面」は、その後、サン・マールの移動に従って、エグズィル要塞、1694年にサント・マルグリット島監獄、そして1698年にバスチーユ監獄へと身柄を移されました。どこでも3重の扉と4本の鉄格子の付いた独房でしたが、看守が「何か必要なものはないか」と尋ねるという好待遇でした。サン・マールには、口止め料ということか、生涯使いきれないほどの莫大な報酬が与えられたということです。
ルイ15世は知っていた。
※ルイ15世 Library and Archives Canada –
ルイ14世の曽孫にあたるルイ15世は、摂政のオルレアン公(ルイ14世の甥)に、鉄仮面が誰かということについてたしかに聞き、知っていたということです。オルレアン公は、ルイ14世からこのことについて伝えるように言われていたそうです。
ただ、ルイ15世は、自分の子供や臣下、側室たち、孫の王太子後のルイ16世やその妃マリー・アントワネットに聞かれても答えなかったので、秘密を知る人はいなくなったのでした。
鉄仮面と目された人物たち
とにかく監獄に入っているが、扱いはとても丁寧でペットを飼うことまで許されている特別待遇です。高貴な身分であることは間違いないのですが、この頃にヨーロッパで行方不明になった有力人物はいないのですね。
イギリスのオリバー・クロムウェルの息子、チャールズ2世の庶子、イタリア人外交官など外国人説もありますが、「鉄仮面」に外国なまりはなかったそうです。
ルイ14世の母、アンヌ王妃と彼女の愛人と言われている宰相マザラン枢機卿の隠し子という説もあります。が、多くの人に囲まれて生活し、プライバシーなどほとんどなかったに近い王妃が極秘に出産するのはちょっと難しいです。
もちろん、ルイ14世の双子の兄弟というのも現実的ではありませんし、大蔵大臣だった二コラ・フーケに至っては、顔を隠す必要性がないです。そうして最後に残った候補が、ユスターシュ・ドージェです。
ユスターシュ・ドージェとは何者なのか?
現在では「鉄仮面」の正体は、ユスターシュ・ドージェというのが通説になっています。
彼はどういう人物だったのでしょうか。
ユスターシュは、リシュリュー枢機卿の銃士隊長だったフランソワ・ドージェ・ド・カヴォワの3男です。フランスでは古い軍人の家系で、良い家柄のフランソワ・ドゥージェ、妻マリーも名門の出でアンヌ王妃の侍女でした。このフランソワとマリーは、11人(成人したのは9人、男の子5人すべて軍人になり3人が戦死)の子供に恵まれて、浮気や陰謀が渦巻く宮廷生活にあって、愛し合う理想の夫婦だったと言います。
このドゥージェ兄弟とルイ14世、さらに後の大蔵大臣のフーケや、ルイ14世の寵妾となるモンテスパン夫人の兄らは幼馴染として一緒に育ったようです。ドゥージェ兄弟とルイ14世は子供の頃からよく似ているとは言われたそうですが、口さがない宮廷の人たちがどう思っていたかはわかりません。
放蕩息子ユスターシュ
父フランソワは、ユスターシュが4歳のときの1641年に戦死しました。軍人になったユスターシュの兄2人も後に次々と戦死、1654年にユスターシュがカヴォワ家を継ぎました。尚、アンヌ王妃に仕えていた母親マリーは、かなりな額の年金をもらっていたそうですが、軍人の恩給などなかった時代に、戦死したリシュリュー枢機卿の銃士隊長の遺族にしてはかなり多いと言われています。また、マリーはマザラン宰相とも仲が良く、何かお金が入用になると、宰相自らが蔵相に手紙を書き、すぐに用立ててくれたということです。
ユスターシュも父や兄と同じく軍人となり、順調に出世していたはずですが、この人がなんとも放蕩者で評判の悪い不良息子でした。
1659年に黒ミサを行ったかどで逮捕されましたが、他の逮捕者が極刑を受けているのに、宰相マザランからルイ14世がおとがめなしとしたという書状が母マリ―に届いているくらいで、その後昇進もしているのです。
しかし、ユスターシュは、何にお金を使ったのか知りませんが、借金に次ぐ借金を重ね、そのたびに母マリ―が借金の肩代わりをしていたようでした。が、ついに1664年には、母マリ―によってカヴォワ家の当主としての地位をはく奪されて勘当されました。
その他のエピソードと言えば、友人の同じく乱暴者で知られるローザン伯爵と、ルイ14世のいる前でけんかを始めて、カツラがとれてしまう醜態を見せたとか、1665年にはサンジェルマン宮で、酔って王の小姓の14歳の少年と口論となり、剣で殺してしまったのでした。これは普通ならば死刑になってもおかしくないですが、軍位はく奪のみで済んだのでした。ただし、これでもう社会から追放されたようなものでした。
尚、ユスターシュの後、カヴォワ家の当主となった弟のルイは、ルイ14世とは親友というほど仲が良く、取り立てて才能もなく手柄も経てていないのに出世して、その後、侯爵、宮内大臣となっています。このルイも、ルイ14世とそっくりというほど似ていたということです。
ユスターシュは、母マリーに勘当された後、小姓殺しで軍歴をはく奪され、無収入となり、弟ルイの援助を受けていたということです。ところが、弟ルイが、1668年に女性を巡って決闘して、72年までバスチーユ監獄に入ることになり、ユスターシュは、庇護がなくなりお金に困るようになりました。
そこで登場するのが、有名なブーランヴィリエ侯爵夫人の事件です。
ブーランヴィリエ事件
※自白するように水責めの拷問されるド・ブランヴィリエ侯爵夫人
これは、ブーランヴィリエ侯爵夫人が毒薬を「相続薬」と称して、夫や父親に飲ませて財産を相続していた、その毒薬の効果を確かめるために病院を慰問して患者さんに飲ませて殺していた、その「相続薬」を広めていたという、今で言うシリアルキラーそのものの事件です。
さらに数年後、ルイ14世の宮廷の中心人物、寵妾モンテスパン侯爵夫人、王弟妃アンリエット・ダングルテールまで登場する事件になったもので、ルイ14世は頭を抱えて、すべて不問に処し、関係書類を焼き払わせたという大スキャンダルでした。
※この事件は、また後程、他に章を設けて調べて書かせていただきます。
ユスターシュは、この事件で、麻薬などの調達をしてお金を稼いでいたという疑いを持たれています。ブーランヴィリエ侯爵夫人とカヴォワ家は親戚でもあり、共犯者の位置にいたようです。黒ミサとか黒魔術がかかわっているし、重大な事件なので、これが逮捕のきっかけかと思ったのですが、違うんですね。
本によると、収入がないのでこういうことに手を出した、ということで逮捕される理由にはなっていません。
それにしても、宮殿内で言い争いをして相手を剣で刺し殺したなんて、浅野内匠頭の「殿中でござる」の例を見るまでもなく、これで死刑になっても不思議じゃないです。それにあまりに身分が高い人たちの名前がぞろぞろ出てくるのでルイ14世自らの判断で捜査が中止になった、黒ミサや毒薬が登場する大スキャンダル事件の中心にいて、ルイ14世の寵妾や義妹などについての色々な秘密を知っているというのに、それが逮捕の理由ではありませんでした。
ブーランヴィリエ侯爵夫人が逃亡したので、ユスターシュはまた収入がなくなって、ついにはルイ14世の秘密を元に恐喝してお金を得ようとしたのではないか、と推理されています。
ユスターシュは、国王ルイ14世を恐喝しようとしたので、とうとう逮捕されて「鉄仮面」になったのです。
宮廷での殺人事件、毒殺事件の共犯でも、ルイ14世によっておとがめなしとなっていた幼馴染が、ついに逮捕された恐喝のネタとはいったい何だったのでしょうか?このとき、ユスターシュが、友人のローザン伯爵を仲介者としたといいます。このローザンもならず者っぽい人でしたが、ユスターシュ逮捕と同時に、なんと近衛銃士隊長に昇進しているというのが不思議です。
ハリー・トンプソンは、このローザンの昇進は、ユスターシュから秘密を打ち明けられていないが、友人を裏切ってルイ14世に売ったのだと解釈しています。ローザンは不可解な昇進後、逮捕されて監獄に入れられて10年後、おそらくは、秘密については何も知らないとわかったらしく、それに当時婚約中のルイ14世の従姉でグランド・マドモアゼル、大金持ちの年増の王族女性の運動で釈放されました。
さて、ルイ14世がそれほどまで発覚を恐れた秘密とはいったい何だったのでしょうか?
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鉄仮面の男のはルイ14世と孫のルイ15世幽閉は王室には王二人いらない腹違いの兄弟で名前のない男ルイ15世は聞いて驚くそんなまさか本当のそくいは鉄仮面の方だったのを
にゃるほど
モンテスパン夫人が関わっていた黒ミサ事件というのはブランヴィリエ夫人ではなく、ラ・ヴォワザンが主犯ではなかったですかね?