HK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」、いよいよ4月に入って木曽義仲(演:青木崇高)が本格始動。心待ちにしていた方も多いのではないでしょうか。
第1回「大いなる小競り合い」の終盤でちょっとだけ言及された時、巴御前(演:秋元才加)と武芸の稽古をしていましたね。
さて、美貌と武力を兼ね備えた女武者としてファンの多い巴御前は様々な作品に登場。歌舞伎「女暫(おんなしばらく)」では主人公を務めています。
今回はそんな女暫のストーリーや登場人物を紹介。バッサバッサと悪を斬る快刀乱麻の大活躍に、人々は留飲を下げてきたのでした。
そもそも「暫」って何?
その前に「暫(しばらく)」って何だ?と思われた方向けにざっくりと説明しましょう。
時は平安、奥州で天下を乗っ取ろうと企む清原武衡(きよはらの たけひら)が、その野望を阻止しようとした加茂次郎(かもの じろう)こと源義綱(みなもとの よしつな)らを捕らえます。
このままでは義綱たちが処刑されてしまう……そんな時に「ちょっと待て!」と表れた正義のヒーロー・鎌倉権五郎景正(かまくらの ごんごろうかげまさ)。
景正の「ちょっと待て!」を古くは「暫(しばらく)」と言い、その言葉のインパクトがそのまま演目名になっています。
権五郎は悪党どもをバッサバッサと斬り倒して義綱たちを救出。あぁよかったハッピーエンド……という内容。それだけと言えばそれだけなのですが、シンプルであるが故に観客も「お約束」として楽しめるため、大きな人気を呼んだのでした。
ちなみに、このストーリーは全くのフィクション。武衡が義綱を捕らえたことも、それを景正が救出したこともありません。
要するに「みんながスカッとするストーリーに適当な歴史人物をあてはめた」ものであり、「暫と言えば権五郎だよね」と定着したのは明治時代以降ということです。
女暫はその女性主人公版。大立ち回りを演じるのにふさわしい歴史人物が巴御前のほかにあまりいなかったため、早くから「女暫=巴御前」というイメージが普及したと言います。
女暫の登場人物たち、史実のモデルはいるの?
さて、そんな女暫における配役は概ね以下の通りです(あくまで一例であり、変更される事も少なからずあるようです)。
【主人公・巴御前と木曽一族の皆様】
巴御前(ともえごぜん)
清水冠者義高(しみずのかじゃ よしたか。木曽義高)
……ご存じ木曽義仲の嫡男。範頼の野望を阻止しようとして捕らわれる
紅梅姫(こうばいひめ)
……義高の許婚。義高と一緒に捕らわれる。モデルは頼朝の長女・大姫か
根井主膳行親(ねのい しゅぜんゆきちか)
……義高に仕える家老、範頼を諫めるが聞いてもらえない。史実では義仲四天王の一人として奮闘
木曽次郎義照(きその じろうよしてる)
……木曽義仲の次男。源義重?
木曽三郎義澄(きその さぶろうよしずみ)
……木曽義仲の三男。源義基?
木曽駒若丸(きその こまわかまる)
……木曽義仲の四男。源義宗?巴御前が産んだ子?
この木曽次郎・三郎・駒若丸たちは長兄の義高ともども捕らわれて、範頼の非を口々に責めていますが、ストーリーにはあまり影響ないので聞き取れなくても大丈夫です。
局唐糸(つぼね からいと)
……範頼が奪った宝刀「倶利伽羅丸」を預かるが、裏切って光盛に渡す
手塚太郎光盛(てづかの たろうみつもり)
……木曽義仲の郎党。範頼に奪われた宝刀「倶利伽羅丸」を義高に返す。史実でも活躍します
【敵役・蒲冠者範頼とその一味】
蒲冠者範頼(かばのかじゃ のりより。源範頼)
……敵役。鎌倉の異母兄・頼朝を滅ぼし、天下を乗っ取ろうと企む
鹿島入道震斎(かしまにゅうどう しんさい)
……地震を起こす鯰の化身。妖術で巴御前に挑むが、返り討ちに。本家「暫」でも登場
女鯰若菜(おんななまず わかな)
……震斎の相方。口達者で巴御前をやり込めようとするが、返り討ちに。こちらも本家「暫」に登場
成田五郎房本(なりたの ごろうふさもと)
……腹を出していることから通常「腹出し」。本家「暫」にも登場する豪傑で、巴御前に挑み、チーム「腹出し」の4~5人まとめて敗れる
猪俣平六義延(いのまたの へいろくよしのぶ)
……腹出しの一人で、モデルは武蔵国の猪俣小平六範綱(こへいろくのりつな)か
江田源三義明(えだの げんざよしあき)
……腹出しの一人で、モデルは義経に仕えた江田源三広基(ひろもと)か
東条八郎高秀(とうじょうの はちろうたかひで)
……腹出しの一人で、モデルは不詳。信濃村上氏(河内源氏の諸流)に東条の名が見える
武蔵九郎氏清(むさしの くろううじきよ)
……腹出しの一人で、モデルは不詳
ちなみに、この「腹出し」はだいたい4~5人がお決まりで、成田五郎房本(※)の外はだいたいご当地武士が適宜当てられます。
(※)本家「暫」は成田屋(市川團十郎、海老蔵らの家)がよくやっていたからとの説も。
今回の場合は巴御前の郷里である信濃国(長野県)とその周辺からピックアップしたのでしょう。
竹下孫八(たけしたの まごはち)
……範頼四天王の一人で、モデルは不詳だが歌舞伎「近江源氏先陣館」に同名の人物が登場。佐々木盛綱(ささき もりつな)らと関係があるかも知れない
新開荒次郎(しんがいの あらじろう)
……範頼四天王の一人で、モデルは土肥実平(どい さねひら)の次男・新開荒次郎実重(さねしげ)。頼朝の挙兵以来から従った忠臣
山下弥太郎(やましたの やたろう)
……範頼四天王の一人で、モデルは不詳。相模国大住郡(現:神奈川県平塚市)に山下長者と呼ばれる武士がいたのと関係はあるか
竹沢宮藤次(たけざわ くとうじ)
……範頼四天王の一人で、モデルは不詳……まぁ、まとめて巴御前にやっつけられるだけなので、極端な話覚えなくても大丈夫です。
本家「暫」と見比べると、もっと面白い!
以上、女暫のストーリー(あってないようなものですが)と登場人物を紹介しました。
とりあえず中央で偉そうに鎮座しているのが敵役の範頼、その左右にずらっと並んでいるのが悪の手先だったり捕らわれた仲間だったり。
そこへ豪快に乗り込んだ巴御前が、悪役どもをバッサバッサと斬り倒す……。
細かい設定はよく分からなくても、何となく見ていれば雰囲気を楽しめるのが「暫」の醍醐味と言えるでしょう。
映像でも観られますが、出来ることなら生の空気を感じながら「暫」と「女暫」どっちも楽しみたいですね!
※参考文献:
- 河竹繁俊・児玉竜一『歌舞伎十八番集』講談社学術文庫、2019年9月
- 十二代目 市川團十郎『新版 歌舞伎十八番』世界文化社、2013年9月
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