2022年7月、アメリカ連邦通信委員会(以下FCC)は、衛星テレビプロバイダーであるディッシュ・ネットワーク社に、同社の衛星「EchoStar-7」を安全に軌道離脱させなかったとし、宇宙ゴミ放棄違反として15万ドル(約2,200万円)の罰金を科した。
これは、アメリカ政府が宇宙ゴミ(スペースデブリ)の削減に向けて罰金を科した、初めてのケースである。
宇宙探査と衛星通信の分野は、現代のテクノロジーにおいて不可欠な存在となったが、政府や宇宙関連企業が宇宙に送り出す、衛星や宇宙船などが残す「宇宙ゴミ」が増加し、さまざまな問題が浮き彫りになってきている。
FCCがディッシュ・ネットワーク社に命じた15万ドルという罰金の金額は、株価の下落も考慮すると決して安い金額ではない。そのため、FCCにはこの罰金措置に何らかの思惑があったはずだ。
この記事では、問題となったディッシュ・ネットワーク社の宇宙ゴミ放棄の内容について理解するともに、なぜ宇宙ゴミが大きな問題になっているのかについて考察する。
なお、地球の軌道上を浮遊する人工衛星やロケットの破片などの「不要な人工物」は、総称して「宇宙ゴミ」や「スペースデブリ」と呼ばれているが、この記事ではこれ以降、日本の学術系雑誌でも使用されている「スペースデブリ」または「デブリ」と表現する。
軌道とは?
ここでは、今回の記事で重要なキーワードの1つとなる、人工衛星の「軌道」について簡単に説明する。
今回対象としている軌道とは、正式には「地球周回軌道」とよばれており、地球の周りを回る軌道のことだ。地球は太陽の周りを回っているが、地球の周りを回る(周回する)軌道のことである。地球周回軌道上には、人工衛星やスペースデブリなど、さまざまな物体が存在している。
地球周回軌道は、高度によって、低軌道(LEO)、中軌道(MEO)、高軌道(HEO)の3つに分類されているが、人工衛星が周回する軌道にはこれとは別に、静止軌道(GEO)がある。
• 低軌道(Low Earth Orbit, LEO)
高度160km~2,000kmの軌道で、地球の周りを約90~120分で周回する。
地球表面の一部しか見ることができない反面、高い空間解像度で観測することができる。気象観測衛星や宇宙望遠鏡、リモートセンシング衛星などが主に使用している。また、宇宙ステーションもこの軌道に存在する。
• 中軌道(Middle Earth Orbit, MEO)
高度2,000km~35,786kmの軌道で、地球の周りを約12時間で周回する。
LEOの衛星よりも広く地球を見ることが可能で、GPS衛星や軍事衛星などが主に使用している。
• 高軌道(High Earth Orbit, HEO)
高度35,786km以上の軌道で、地球の周りを約24時間で周回する。主に地球観測衛星や太陽観測衛星などが主に使用している。
• 静止軌道(Geostationary Earth Orbit, GEO)
高度36,000kmの軌道。この軌道上の衛星は地球の自転と同じ速度で移動するため、地球上のほぼ同じ場所を観測し続けることができる。
主に通信衛星が利用している。
• 墓場軌道(はかばきどう, Graveyard orbit)
静止軌道の高度約36,000km + 300kmの軌道。
役割を終えた人工衛星が、別の運用中の人工衛星と衝突して、新たなスペースデブリを発生することを防ぐために移動する軌道である。
地球の引力に引きずられて、再び静止軌道に戻るとしても、1,000年以上かかるといわれている。
大気圏再突入で焼却処分できない大きな人工衛星や、大気圏再突入のための移動中に、他の衛星やスペースデブリと衝突する可能性がある場合は、ここで破棄される。基本的に、静止衛星は墓場軌道で廃棄されるという。
このトピックの最後として、地球周回軌道上にある人工衛星を列挙してみる。
なお、これらの人工衛星は、先述したように目的に応じて投入される軌道が異なる。
* 通信衛星:テレビやインターネットなどの通信サービスを提供するために使用される。
* 気象衛星:天気予報や気候変動の監視などに使用される。
* 測位衛星:GPSやGLONASSなどの衛星測位システムに使用される。
* 軍事衛星:軍事目的で使用される。
* 地球観測衛星:地球の環境や資源を調査するために使用される。
* 太陽観測衛星:太陽の活動を観測するために使用される。
スペースデブリ問題の背景
ここでは、制裁の原因の元となった「スペースデブリ」について詳細に見ていく。
スペースデブリとは?
現時点ではスペースデブリについて、国際法上、確立した定義は存在しないようだが、国際機関間スペースデブリ調整委員会(The Inter-agency Space Debris Coordination Committee:IADC)が2002年に採択したガイドラインにおいて、「スペースデブリとは機能していないすべての人工物体(その破片および構成要素を含む)で、宇宙空間(地球周回軌道)にあるか、または大気圏内に再突入途中のものである」と定義されている。
以下に、スペースデブリの例を挙げる。
* 使用済みのロケットの残骸
* 運用を終えて廃棄された人工衛星や、故障した人工衛星
* 衛星の塗料や燃料、部品の破片
* ミッション遂行中に放出したもの
* 衛星同士の衝突によって発生した破片
* スペースデブリ同士の衝突により発生した破片
惑星間塵(以下メテオロイド)は、スペースデブリに該当するのか?
メテオロイドとは、彗星や小惑星が破壊された際に放出された小さな粒子で、地球の周回軌道だけでなく、太陽系全体に存在する。これらは天然の物体であり、人工物体ではないため、宇宙ゴミの定義には当てはまらない。
しかし例外として、メテオロイドが地球の周回軌道(後述する)に侵入した場合、宇宙ゴミとして扱われる場合があるという。
スペースデブリの数
地球周回軌道には、1957年以降1万4,000機以上の人工衛星が打ち上げられ、約9,800機が現在も存在しているが、そのうち約7,100機が稼働中で、残りの約3,000機は宇宙ゴミに該当するという(2022年12月時点)。
スペースデブリの観測と統計による推計によれば、軌道上の宇宙ゴミの数は、
* 直径10cm以上のものが約3万6,500個
* 1~10cmのものが約100万個
* 1mm~1cmのものが約1億3,000万個
だと推定されている(2021年時点の推計)。
これは、運用中の人工衛星よりもスペースデブリの方がはるかに多く存在していることを示している。
主要な宇宙活動国における宇宙物体数と、それに占めるスペースデブリの割合については、宇宙物体の総数は米国が最も多いが、宇宙物体数に占めるスペースデブリの割合においては、ロシア、中国、フランスの高さが目立っているという。
急増するスペースデブリ
宇宙開発の開始以降、宇宙物体の数は右肩上がりで増加している。
特に破片などのスペースデブリについては、2007年中国の対衛星(ASAT)実験の実施、2009年に発生した米国の通信衛星とロシアの軍事用通信衛星の衝突事故、2021年のロシアの対衛星(ASAT)実験の実施により、増加が見られた。
また、多数の小型人工衛星を連携させて通信サービスなどを提供する「衛星コンステレーション」の構築が、民間企業によって始まっており、そのための人工衛星の打ち上げが増加していると考えられている。
衛星コンステレーション(Satellite Constellation)とは、複数の人工衛星が連携して地球周回軌道に配置され、特定のサービスや通信を提供するためのネットワークのことである。これらの人工衛星は異なる軌道に配置され、それぞれが連携して広範囲の地域や地球全体をカバーするサービスを提供する。
すでに、通信、地球観測、気象予報、測位(GPSなど)、インターネットアクセス、災害監視など、さまざまな用途に使用されており、例えば、GPSシステムは、複数のGPS衛星が協力して位置情報を提供し、地球上のどこでも正確な位置情報を利用できる。
有名な衛星コンステレーションの1つに、イーロン・マスク氏が率いるスペースX社の「スターリンク」がある。【アメリカ政府、初の宇宙ゴミ罰金】
これは、小型の人工衛星を大量に打ち上げ、世界中に高速のインターネットアクセスを提供する「宇宙インターネット計画」プロジェクトとして広く知られている。
上記の理由により、人工衛星の打ち上げペースが急激に増加し、2020年以降は年間1,000機の大台を突破しているという。
さらに今後は、アメリカの企業をはじめ、欧州連合(EU)と中国も衛星インターネット事業に参入し、多数の人工衛星を打ち上げる計画となっている。
衛星の打ち上げ数は増加し、スペースデブリも爆増していくことは必至なのだ。
スペースデブリの驚異
前述のように、大小様々なサイズのスペースデブリが、秒速8Kmという、とんでもない速さで地球のまわりを飛び回っている。
大きさがたった1cmのデブリでも、このスピートで人工衛星などの宇宙機に衝突すると、破壊的なダメージを受けてしまうのだ。
また、その高速で予測不能な動きから、衛星が衝突を避けるのが困難な場合もあるといわれている。
このような地球周辺の宇宙空間における物体の増加は、宇宙空間でのさまざまな活動に対する脅威であり、スペースデブリ問題の低減は緊急の課題となっている。
実際に、運用中の衛星にスペースデブリが衝突する事故は過去に複数起こっており、低期道を周回する国際宇宙ステーションでも、これまでにロボットアームや外壁、手すりに小さな穴が空いた事故も報告されている。
そんな中、現在最も懸念されているのは、「ケスラーシンドローム」だ。
ケスラーシンドロームとは、軌道上のスペースデブリの密度が臨界点を超えた際、デブリ同士が連鎖的に衝突を繰り返し、その数が爆発的に増殖する悪循環の状態をいう。
ケスラーシンドロームが起きてしまうと、デブリが急激に増殖して、地球の軌道を覆い尽くしてしまうため、新たなロケットの打ち上げができなくなるだけではなく、既存の人工衛星すべてが破壊され、宇宙開発活動そのものの全停止を余儀なくされてしまうのだ。
「最悪のシナリオとされるケスラーシンドロームは、すでに始まりつつあるのではないか?」という考えが、一部の研究者の中であるという。
ディッシュ・ネットワーク社が犯した罪
さて、必要な知識を得たところで、「スペースデブリ放棄による罰金」の話に戻そう。
ディッシュ・ネットワーク社は、何に違反して、なぜ高い罰金を科せられたのだろうか?
宇宙デブリに関するガイドラインや提案、行動規範などを調整している、国際宇宙機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)のガイドラインでは、役割を終えた静止衛星は、運用中の人工衛星との衝突を防ぐために「墓場軌道(または廃棄軌道)」に移動させることになっていた。
これは運用中の他の衛星に衝突して、迷惑をかけるだけでなく、新たなスペースデブリが発生するリスクを減らすためであった。
しかし、ディッシュ・ネットワーク社の衛星「EchoStar-7」は、燃料不足が原因で、「墓場軌道」までたどり着くことができなかったのだ。
燃料管理は当然、衛星を管理している会社が行うべき義務だが、理由はどうあれ、ディッシュ・ネットワークはその責任をはたせず、結果として貴重な静止軌道に、スペースデブリ化した通信衛星を放棄したのである。
このように、ディッシュ・ネットワーク社はFCCのガイドラインに従わなかったため、罰金を科せられたわけだ。
なぜ墓場軌道に移動する必要があったのか?
多くの人工衛星は、役割を終えるときに墓場軌道への移動をしようと努力はしているが、ディッシュ・ネットワーク社のように燃料不足になったり、故障したりして、墓場軌道への移動が成功するのは3分の1程度といわれている。もちろん、移動中にはスペースデブリと衝突を避けることも考慮しなくてはいけないため、姿勢制御ができないといけない。
しかし、移動前に故障してしまい、そこで運用を終えざるを得ない衛星も多いという。
また、静止軌道上の静止衛星を墓場軌道に移動するには、衛星が3ヶ月間静止軌道を維持するために必要な燃料と、同量の燃料が必要だという。
言い換えれば「廃棄寸前のボロボロの衛星が、最後の力を振り絞って自分の墓場に向かうものの、途中で行き途絶えてしまう」という、なんとも悲しげな事例が多いのだろう。
それなら、コミックや映画のように「地球の大気圏に再突入させてしまえばいいのでは?」と思ってしまうが、そんなに簡単な話ではないようだ。
低軌道を周回するような衛星と違い、静止軌道で運用されていた人工衛星の場合、大気圏再突入ができる軌道に移動するには、低軌道よりも低い高度まで、衛星を移動させなくてはならない。
しかしそうなると、移動の途中で他の衛星やスペースデブリと衝突してしまい、新たなスペースデブリを発生させる危険性が高まるのだ。
高額な罰金が科せられたわけ
FCCは制裁として高額な罰金をディッシュ・ネットワーク社に科したが、その理由は「衛星などの人工物体を宇宙に打ち上げる企業が、スペースデブリ問題を危機感をもって真剣に受け止め、責任ある行動を促すため」だったといわれている。
実際この決定は、スペースデブリ問題に対する取り組みの新たなステップとして、注目を浴びたようだ。
また、以下のことも考慮していると考えられる。
* スペースデブリはすでに飽和状態であるが、除去方法は確立していない。つまりしばらくの間は増え続けるだけ。
* スペースデブリの増加抑制は急務。
* スペースデブリを意図的に放棄する国や企業がある。
宇宙ビジネスに参加する企業は今後、スペースデブリの発生を縮小させるためにルールを尊守する必要があるだろう。
今後のスペースデブリ低減対策
現在は、デブリを出さないようにロケットや人工衛星を設計したり、先述したように「大気圏への再突入」「墓場軌道への移動」が行われているが、今後は以下のことも検討・実施・強化されていくだろう。
* 人工衛星、ロケットの打ち上げや運用時における安全対策の強化
* スペースデブリの追跡と監視などの管理
* スペースデブリの除去
* 運用の終了したロケットや人工衛星などの宇宙機の回収・修理・再利用
* 修理は宇宙ステーションで。
* 宇宙の持続可能性を守るためにの国際的な協力
上記の中には、すでに始まっているものもある。
さいごに
宇宙空間の利用は国家レベルに限られたものだったが、今や民間ビジネスの開拓地となりつつある。
宇宙関連ビジネスのニュースを見聞きすることも増え、筆者的にはとても嬉しい限りだ。
しかし、この記事で取り上げたように、宇宙のゴミ(スペースデブリ)は、すでに深刻な問題になっている。
人間は、地球を汚した挙句、今度は宇宙まで汚しているのだ。
アメリカ企業への制裁は、「みせしめ」として正しかったのではないだろうか。
将来、映画のように宇宙ゴミの清掃が、人類の仕事のひとつになるかもしれない。
※地球を周回する一定以上の大きさの宇宙物体(人工衛星、宇宙ゴミ)は、地上から観測されており、発見された場合は継続的に追跡されいる。それらの宇宙物体の情報が登録されているデータベースがあるので、興味がある方はご覧頂きたい(誰でもアクセスできます)。
国連宇宙局(UNOOSA)の宇宙物体データベース(OOSA)
https://www.unoosa.org/oosa/osoindex/search-ng.jspx
参考 : FCC Takes First Space Debris Enforcement Action | Federal Communications Commission
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