時は寛仁3年(1019年)、3月から4月にかけて刀伊(とい。女真族)の海賊が50艘もの大船団を組んで大陸から海を渡り、九州北部を襲撃しました(刀伊の入寇)。
……今月七日書云、刀伊国者五十余艘来、着對馬島、煞人放火……
※藤原実資『小右記』寛仁3年4月17日条
【意訳】4月7日の書状によると、刀伊の者たちが50余艘の大船団で対馬に上陸。住民を殺して火を放っているという……。
対馬・壱岐そして九州北部各地で凄惨な光景が繰り広げられたことでしょうが、この国難に現地の武者たちが決起しました。
今回は、そんな一人であった藤原政則(まさのり)を紹介。果たして彼はどんな人物だったのでしょうか。
大宰府への道のり
藤原政則は長徳3年(997年)、父である藤原隆家が但馬国で流罪となっている時に誕生しました。
間もなく隆家が赦されると共に京都へ移り、元服してはじめ藤原基定(もとさだ)と称し、のち政則(正則)と改名します。
ほか藤原正行(まさゆき)や、藤原蔵規(くらのり)などの別名が伝わりますが、これらは別人物が混同されたか、あるいは何かやらかしてしばしば改名していたのかも知れません。
昔から二つ名のある人物はとかく癖の強いものですが、政則も父の血を引く「さがな者(荒くれ者)」だったのでしょうか。
やがて隆家が大宰権帥として大宰府へ赴任すると、政則もこれに従うのでした。
刀伊の軍勢を撃退
そして寛仁3年(1019年)、刀伊の軍勢が襲来。壱岐守の藤原理忠(まさただ)を殺し、筑前国(福岡県北部)にまで迫ります。
政則は隆家の命により、文室忠光(ふんやの ただみつ。文屋忠光)らと共に出撃。防戦の末に多くの敵を討ち取り、これを撃退しました。
しかし敵の一部が博多湾を突破して上陸、那珂郡まで乱入してきます。
今度は大蔵種材(おおくらの たねき)らと共に急行し、ここでも敵を追い払いました。
刀伊の軍勢は能古島・志摩郡船越津と後退していきますが、政則らは追撃の手を緩めません。
ついに刀伊の軍勢は逃亡、50余艘の船が30程まで減っていたそうです。
一艘あたり50~60名が乗り組んでいた場合、敵勢およそ2,500~3,000の内、1,000~1,200を討ち取ったor捕らえた計算になります。
また、船にきちんと定員いっぱい乗せたとは限らないため、それ以上の戦果を上げた可能性もあるでしょう。
政則の勇姿は想像するよりありませんが、後世の創作『愛国物語』では紫の糸で縅(おど)した≒編み上げた鎧をまとい、白葦毛の馬に騎乗していたとしています。
当時の戦装束については諸説あるため断定は出来ませんが、颯爽たる若武者ぶりだったのではないでしょうか。
後一条天皇から錦の御旗と和歌を賜る
果たして刀伊の襲来から日本を守り抜いた政則たち。父の隆家が帰京した後も大宰府に住み、対馬守に任じられました。
また、今回の軍功によって後一条天皇(敦成親王)から激賞され、錦の旗と御製(天皇陛下が自ら詠まれた和歌)を賜ったと言います。
つくしなる 矢峰の嶽の ふもとには
たけき男の子(をのこ)の 住むとこそきけ※『愛国物語』神國日本 刀伊の賊
【意訳】筑紫にそびえる矢峰嶽のふもとに、猛々しい男が住んでいることを知るがよい。
……「矢」峰に「嶽(竹)」と「猛(竹)」をかけた歌です。
先日大暴れした猛々しい男が住んでいるから、これに懲りてもう攻めてくるなよ、というメッセージが伝わるでしょうか。
やがて後三条天皇(後朱雀天皇の第二皇子)の時代に肥後国の菊池郡を拝領し、政則の子である藤原則隆(のりたか)が現地へ移住。これが菊池氏の祖となったのでした。
藤原政則・基本データ
生没:長徳3年(997年)生~康平7年(1064年)没
両親:藤原隆家/母親不詳
※父親については異説あり。
改名:藤原基定→藤原政則
別名:藤原正則、藤原正行、藤原蔵規
官位:大宰少弐、肥前守、対馬守
子女:菊池則隆、藤原則忠、藤原則宗、藤原武重など
終わりに
藤原朝臣政則。関白道隆孫。隆家子也。生於但馬。父隆家為太宰権帥。及其赴府。賜宴于晝御坐。叙正二位。政則後赴。以債。士民帰嚮。寛仁三年。刀伊賊寇対馬壱岐。攻殺壱岐守理忠。進入筑前。政則及郡人文室忠光等拒之。頗有殺獲。賊又至那珂郡。隆家再遣大蔵種材猛険要。賊舩奄至。欲焼衛所。府兵奮戦破之。賊退于能古島。又寇志摩郡舩越津。隆家政則豫遣兵邀撃。賊又逃去。隆家遣政則平致行種材等。発舩三十餘艘追撃走之。政則後住太宰府。任対馬守。後一條帝賞其功。賜錦旗并 御製歌。
後三條帝延久二年。賜肥後菊地郡。其子則隆始移其地以菊池為氏。子孫継続。西陲著姓。※菊池容斎『前賢故実』巻之六 後一條天皇朝九名 藤原政則
今回は、刀伊の入寇で活躍した藤原政則について紹介してきました。
NHK大河ドラマ「光る君へ」ではキャスティングがなかったので、恐らく登場しないのでしょう。
来る第46回放送「刀伊の入寇」では、彼ら寄せ集め武士団が大暴れする展開が予想されます。楽しみですね!
※参考文献:
・菊池容斎『前賢故実』国立国会図書館デジタルコレクション
・加藤武雄『愛国物語』国立国会図書館デジタルコレクション
文 / 角田晶生(つのだ あきお)
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