生活

なぜヨーグルトはユーラシアを席巻したのか?トルコとイランを結んだ「発酵の帝国」

画像:ヨーグルトにはどんな歴史が詰まっているのか?(イメージ図)

健康食品の代表格として親しまれるヨーグルト

そのルーツは、遊牧民が移動生活の中で生み出した「保存食」にあります。

ヨーグルトの歴史をたどると、トルコ系遊牧民の「軍事力」と、イラン系農耕民の「文書行政・徴税能力」という、二つの異なる強みが結び付いた構造が浮かび上がってきます。

今回は「ヨーグルト」を切り口として、ユーラシアの覇者となったトルコ系イスラム王朝の誕生を見ていきます。

「遊牧と農耕」「剣(軍事力)とペン(官僚機構)」が出会い、一つの統治システムへと融合していく過程を、食文化の視点から読み解いていきたいと思います。

遊牧民の革袋で偶然生まれた「動く保存食」

画像 : 遊牧生活 イメージ

ヨーグルトの起源は、完全には特定されていません。

ただし、中央アジアから西アジアにかけての遊牧民が、紀元前の昔から乳を発酵させる技術を持っていたことは、多くの研究者が指摘するところです。

ヒツジやヤギ、ウシの乳を革袋に入れて運ぶと、移動の振動や気温、袋に付着した微生物の作用によって自然発酵が進み、こうした偶然の積み重ねを通じて、発酵を意図的に利用する知識が形成されていったという説が有力です。

遊牧民にとって、発酵乳やヨーグルトは「動く保存食」でした。

家畜を生かしたまま乳を搾り、発酵・乾燥させれば、厳しい移動生活の中でも安定してカロリーとタンパク質を確保できます。

中央アジアを移動したトルコ系遊牧民もまた、この乳加工文化を受け継いでいました。

彼らが歴史の表舞台に登場するはるか昔から、ヨーグルトは日常の栄養基盤として遊牧生活を支えていたのです。

「剣のトルコ」と「ペンのイラン」が出会うとき

9世紀から10世紀にかけて、遊牧地帯の南にはイラン高原やメソポタミアに広がる農耕世界がありました。

小麦や大麦を栽培する農民と、都市に住む商人や官僚が社会の中心を担う地域です。

イラン人を中心とする人々は、灌漑設備や文字、文書による行政を発達させ、税の徴収や法制度を緻密に運用していました。軍事力よりも「文書管理」に卓越した強みを持っていたと言えるでしょう。

遊牧民と農耕民はときに対立しながらも、交易や雇用関係を通じて結び付いていました。

この時期、アッバース朝やイラン系の王朝は、トルコ系遊牧民を傭兵として雇い、国境防衛や征服戦争に動員しています。

トルコ系の戦士たちは軍事力を提供する対価として、土地や給与、税収の一部を得るようになりました。

この段階で「遊牧の軍事力」と「農耕の徴税・文書行政」は、すでにゆるやかな協力関係を築き始めていたのです。

セルジューク朝で成立した分業システム

画像 : 11世紀後半の西アジア トムル CC0

イスラム世界では7世紀以降、アラブ人が中心となって帝国を築きました。

しかし10世紀ごろから、東方よりトルコ系の遊牧民が本格的に台頭します。
当初は傭兵の立場でしたが、次第に自ら王朝を打ち立てるようになりました。

その代表格が、11世紀に成立したセルジューク朝です。

セルジューク朝はトルコ系の王朝でしたが、国家運営の要となる行政や文化面では、イラン系の伝統と人材に大きく依存していました。

軍事力を担ったのはトルコ系の遊牧出身者であり、徴税・文書管理・裁判・学問などを支えたのはイラン系の官僚や学者です。

こうして「剣を握るトルコ人」と「ペンを握るイラン人」が組み合わさることで、強固な統治システムが完成しました。

この分業構造こそが、トルコ系イスラム王朝の基本形となったのです。

携帯食から宮廷料理へ 〜食卓に映る文化の融合

画像:さまざまな料理にヨーグルトは利用された(イメージ図)

「軍事はトルコ系、行政はイラン系」という分業と融合は、食文化にも反映されました。

トルコ系の戦士や遊牧民にとって、ヨーグルトや発酵乳製品は過酷な遠征にも耐える「携帯用の栄養源」です。

乾燥させた発酵乳(クルト)などは軽量で保存が効き、長距離の移動に適していました。

その一方、イラン系の農耕民や都市住民は、ヨーグルトをスープや煮込み料理に組み込み「料理の素材」として洗練させています。

こうしてヨーグルトは、遊牧と農耕、軍事と官僚制という異なる役割を担う人々を、日常の食卓レベルでつなぐ存在となっていきました。

乳製品が流れた交易のネットワーク

「軍事はトルコ系、行政はイラン系」という分業体制は、物流のあり方にも影響を与えました。

実務を握るイラン系の官僚たちは、土地税や商業税を管理することで、各地から富を吸い上げるシステムを構築しています。こうした徴税のネットワークは、同時に交易路の整備や市場の管理とも結び付いていました。

生のヨーグルトは保存性が低いため、そのまま遠隔地へ運ぶことは困難です。

しかしバターやチーズ、クルト(乾燥ヨーグルト)など保存の効く加工品は、高い経済価値を持つ商品として流通しました。

遊牧民や農民が生産した乳製品や家畜は、こうした交易や市場を通じて都市へと流れていきます。

トルコ系の軍事力が支配域を広げ、イラン系の行政システムが物流の動脈を整えていく。

こうした統治機構の中で乳製品は、農村や遊牧地帯と都市をつなぐ物資として循環していたと考えられています。

オスマン帝国へ継承された統治と食の構造

画像:スレイマン1世。オスマン帝国の全盛期を築いた public domain

セルジューク朝で形成された「軍事をトルコ系が担い、行政をイラン系文化圏の人材や手法が担う」という構造は、このあとに続くトルコ系イスラム王朝にも受け継がれていきました。

アナトリアに成立したオスマン帝国はトルコ語を使いながらも、法制度や文学、官僚制の多くをペルシア語文化やアラビア語のイスラム法学から取り入れています。

軍事的な拡大力はトルコ系の伝統に、統治技術はイラン・アラブ系の遺産に負う部分が大きかったと言えます。

オスマン帝国の広大な領域では、バルカンから中東、北アフリカにかけて、ヨーグルト文化が広がりました。

トルコ人を中心とした軍隊は、発酵乳や乾燥乳製品を携帯食として利用したと考えられ、各地の農村や都市の人々はそれを日々の料理に取り込んでいきました。

トルコ系イスラム王朝が築いた軍事と行政のネットワークは、ヨーグルト文化の伝播ルートとも重なっていたのです。

一杯のヨーグルトに映る「分業と融合」の歴史

画像 : オスマン帝国の最大版図(1683年)Kaiser&Augstus&Imperator CC BY 4.0

あらためて整理すると、トルコ系イスラム王朝の誕生は、二つの異なる強みがイスラム帝国という枠組みの中で結び付いた結果だと捉えることができます。

軍事力に優れたトルコ系の遊牧民と、文書管理と徴税に長けたイラン系の農耕民(都市民)です。

この分業と融合の構造を、ヨーグルトは生活のスケールで映し出しています。

遊牧民の携帯食として草原を移動し、農耕民の手でさまざまな料理へと姿を変え、交易のネットワークを通じて広い地域へ伝わりました。

その結果としてイスタンブルからカイロ、バルカン半島に至るまで、異なる文化圏をつなぐ共通の味となったのです。

私たちが口にするヨーグルトの背後には、トルコ人とイラン人、遊牧民と農耕民、軍事力と行政能力が結び付いた歴史の重なりがあります。

一杯のヨーグルトを味わうとき、ユーラシア大陸を駆け抜けた人々の営みが見えてくるかもしれません。

参考 :
鈴木董(2020)『食はイスタンブルにあり – 君府名物考』講談社
杉山正明(2011)『遊牧民から見た世界史(増補版)』日本経済新聞出版社
林佳世子(2016)『興亡の世界史 – オスマン帝国500年の平和』講談社
文 / 村上俊樹 校正 / 草の実堂編集部

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