※F-14
1986年、トム・クルーズ主演で公開された映画『トップガン』は、彼の出世作となり、フライトジャケットも流行り、ミリタリーファッションの先駆けともなった。
しかし、その名は知っていても「トップガン」が何を意味する名前なのかを知る人は少なくなっている。
今回は映画のタイトルにもなった「トップガン」について調べてみた。
アメリカ海軍戦闘機兵器学校
※ネバダ州
そもそもトップガンとは、ネバダ州ファロン海軍航空基地に置かれた部隊の通称である。
正式には「アメリカ海軍戦闘機兵器学校」といい、戦闘機パイロットのトップを養成するアメリカ合衆国海軍戦闘機戦術教育(United States Navy Strike Fighter Tactics Instructor:SFTI)プログラムを行うアグレッサー部隊である。
アグレッサー部隊とは、演習・訓練において敵部隊をシミュレートする役割を持った専門の飛行隊(squadron)のことである。アメリカ海軍においてはアドバーサリー(Adversary、そのまま「敵」)部隊と呼称される。つまり、仮想敵のことだ。
ここに送り込まれたパイロットは、プログラムに沿って厳しい訓練を受け、元の部隊に戻ることになる。アメリカ軍においては、敵役をシミュレートするのみならず、鹵獲もしくは購入した仮想敵国の兵器を用いている場合がある。
これは、実戦において現実に敵対するであろう機体の機動性を知るという目的がある。実際に敵役となった教官の航空機と模擬戦を行うことで技術を向上させるのだ。
転換期
※F-4F
アメリカ海軍(空軍もそうだが)にとって、「機体の性能で勝つ」という思想に転換期が訪れたのは、ヴェトナム戦争だった。
北ヴェトナム上空の爆撃が一時中断された1968年以前、米海軍と米空軍は、北ヴェトナム空軍のたくみで機敏なMiG迎撃機を相手に、空中戦で深刻な被害を被っていた。なにしろ、重要指標である撃墜/損失レシオはアメリカにとってわずか3:1(空中戦でMiG3機を撃墜するごとに、米軍の航空機が1機失われるという意味)だった。
それほど悪い数字には見えないかもしれないが、北ヴェトナムではほとんど経費をかけずにMiGとパイロットの補充がきいたことを考慮しなければならない。北ヴェトナムの背後にはソ連の援助があったのだ。
第二次世界大戦と比較してみると、当時の撃墜/損失レシオは平均8:1程度だったし、朝鮮戦争では13:1だった。当時、アメリカ海軍が運用していたF-4ファントムⅡは、アメリカ海軍初の全天候型双発艦上戦闘機として開発され、大型の翼と高出力のジェットエンジンを双発で装備し大きな搭載量を特徴としている。しかし、逆に言えば機動性を犠牲にすることになった。
空対空ミサイルや超音速機の実用化の進められた1950年代~1960年代に、超音速飛翔体同士の交差時間はごく僅かであるため航空機関砲による撃破は困難であり、将来の航空機同士の戦闘はミサイルが主役となり、戦闘機はミサイルを運ぶだけのものになるというミサイル万能論が主流となった時期があった。このためF-4にも旋回性よりも速度や航続力を重視した設計が求められ、結果として北ヴェトナムのMiGより機動性で劣ることになってしまった。
しかし、撃墜/損失レシオという現実を突きつけられたアメリカ海軍は、「機動性で勝つ」という思想に変わることになる。
トップガン 設立
※空母コーラル・シー
撃墜/損失レシオの結果を踏まえ、当時海軍大佐として航空母艦「コーラル・シー」艦長の任にあったフランク・オルト(Flank Ault)により、空対空ミサイル性能の低さによるミサイルキャリアー論の批判と、空中戦闘機動の重要性をレポートした「Missile System Capability Review」(俗にオルト・レポートと呼ばれる)を提出、アメリカ海軍作戦部長であったトーマス・モーラーに、トップガンの設立を指示する推薦状が提出された。
そして、1969年3月3日、カリフォルニア州サンディエゴ近郊にあるミラマー海軍航空基地で創設されたのがトップガンである。
勝率を改善するため、海軍はF-4より身軽な航空機を相手に実地訓練に励んだ。1972年までに十数学期にわたる搭乗員が訓練を受けた。東南アジアに派遣される海軍パイロットは全員、自分たちが直面する敵の航空機と戦術について徹底的な情報ブリーフィングを受けたのである。
1972年に北ヴェトナム上空の航空戦が再開されたとき、米空軍は依然としてMiGに打ち負かされ、しばらくは撃墜する以上の航空機を失う結果となった。一時的に撃墜/損失レシオは0.89:1にまで落ち込んでいた。その後、2:1まで数字を戻したが、それでも空軍にとっては許容しがたいレベルである。
ところが、海軍のほうは事情がかなり違っていた。
異常な数字
※F-14のシルエット
トップガンでの訓練の成果は驚くべきものだった。
ほんの数週間で、海軍の戦闘機は北ヴェトナムのMiGを海岸地域から駆逐してしまった。撃墜/損失レシオは一時期31:0(米軍機は撃墜されないまま、敵を31機撃墜したことになる)という信じられないレベルに達していたのである。1973年初めの停戦までに、この比率は13:1というより現実的なものに下がっていたが、それでも同時期の空軍の悲惨な数字と比べると大変な成功だった。
ヴェトナム戦争からの米軍撤退と時期を合わせるようにして、F-4の後継機であるF-14トムキャットが配備されたが、この機体も艦隊防空戦闘機であり、その能力は防空に特化したものとなっている。つまり、格闘戦は重視されていなかった。
※空母「エンタープライズ」艦上のF-14(2001年)
しかし、F-14は自動可変翼システムにより、主翼の角度を速度に対して最適な状態に変えることができた。
これによりF-4との比較では、加速性能で45%、旋回半径で40%、旋回率で64%向上している。そのため、格闘戦を重視していなかっただけで、「格闘戦に向かない」機体ではなかった。
そして、F-14がトップガンにも配備されると、映画の公開と共に人気も知名度も高まったのである。
現在のトップガン
※F/A-18A
ミラマー海軍航空基地で創設されたトップガンも、1996年にラスベガスに近いネバダ州のファロン海軍航空基地へ移転している(現在のミラマー基地は、海兵隊航空団の第三海兵航空団の拠点であるミラマー海兵隊航空基地へ改組されている)。
訓練は1年のうち5回行われ、1クラスにつき6週間、計12名で行われる。 シミュレーター訓練や最大50機の航空機で行われる他部隊との戦闘訓練を経て卒業する。
残念ながらF-14は、2003年に退役してしまい二度とあの巨体が軽快に離陸する姿は見られないが、現在ではF/A-18A/Bホーネットが現在の主力機として運用されている。F/A-18の特徴は、中低速域での機動性と離着陸性能に優れた特性を持つことである。
これらの利点は、離着陸性能をより重視する海軍に本機が採用された一因となっている。
※動画はF/A-18のフライトオペレーション
最後に
「訓練が高価だと思うなら、それなしで済むか試してみると良い」という言い方がある。
確かに戦闘機を実際に飛ばしての訓練は費用がかかる。しかし、その訓練をおろそかにして、実戦で撃墜されてしまえばその補充にはもっと費用がかかる。現実的な言い方をしてしまえば、「搭乗員の訓練期間と育成費用、機体の調達費用より、訓練費用のほうが安上がり」だからだ。
これからもトップガンはその役目を終えることはない。
余談だが、映画ファンにとっても航空機ファンにとっても嬉しいニュースがある。映画『トップガン』の続編の製作が決定したというのだ。
2017年6月現在では、2018年に製作するということ、主演は引き続きトム・クルーズだということ位しか分かっていないが、最新の空中戦をスクリーンで観られることを期待しよう。
(F/A-18ホーネットが実際に配備されている空母については「アメリカ海軍の原子力空母について調べてみた」を参照)
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