58年ぶりの歓喜
2018年2月4日、ミネソタ州ミネアポリスのUSバンク・スタジアムで行われた第52回スーパーボウルは、残り9秒と大詰めを迎えていた。
「ブレイディにパスラッシュが来る!逃げる!エンドゾーンに向かって投げた!ジャンプボールは…インコンプリート!時計はゼロ!試合終了!フィラデルフィア・イーグルスの長い日照りがようやく終わりました!」
実況を担当したアル・マイケルズが興奮気味に捲し立てる中、緑のユニフォームを纏った選手達が歓喜に包まれる。
この日は、フィラデルフィア・イーグルス (Philadelphia Eagles)にとって3度目の挑戦にして初めてスーパーボウルを制覇した記念すべき日となり、スーパーボウルが始まる前の旧NFL時代に最後の優勝を果たした1960年以来、実に58年ぶりのタイトルだった。
1995年からイーグルスを応援している筆者にとってもファンになってからの23年間待ちに待った瞬間であり、窓を開けて裏庭の雪に飛び込もうかと本気で思うほど、テレビの前で叫び回っていた。(足首程度しか積もっていない雪に飛び込むと大惨事になりそうだったので断念したが、フィラデルフィアでは極寒の中プールに飛び込む猛者がいた)
前回出場したスーパーボウルから13年、人によっては自分の年齢よりも遥かに長い58年という長きに渡って待ち続けた事もあり、イーグルスファンの喜びは大変なものだった。
思い出話となってしまい恐縮だが、ファンとしての感情を抜きにしてもこの年のイーグルスは波瀾万丈という言葉でも足りないほど多くの「ドラマ」があり、史上最強とは言えないかもしれないが、どのチームも再現出来ないようなドラマを演じた、NFLの歴史に残るチームとなった。
今回は、数々の苦難を乗り越えて悲願のスーパーボウル制覇を成し遂げたフィラデルフィア・イーグルスの2017年を、レギュラーシーズン、プレーオフ、スーパーボウルの3回に渡って振り返る。
苦難のスタート
どのスポーツでも優勝するチームや選手の大半は前評判が高いものだが、イーグルスの前評判は高いものではなかった。
2016年はNFC東地区で地区最下位で、チームを指揮するダグ・ピーダーソンHCのセオリー無視の采配は悉く大外れという無能ぶりで、世間に恥を晒すだけだった。
前年のドラフトで全体2位で指名したQBのカーソン・ウェンツの成長は楽しみではあったが、主力の引き留めで大盤振る舞いをしすぎたため資金に余裕がなく、ルギャレット・ブラント、アルション・ジェフリー、クリス・ロング、ティム・ジャーニガン、ロナルド・ダービーといった新戦力もいい選手ではあるが、いずれも超一流ではく、他チームで失敗して出戻る形となったニック・フォールズが最大の話題になるという淋しいオフだった。
大して期待の持てないまま迎えた2017年開幕戦は、5ヶ月後に歓喜が待っているとは思えないほど酷いものだった。
戦力的には格下であるワシントン・レッドスキンズ(現ワシントン・フットボールチーム)相手に、余計なミスや出る気配のないプレーの連続でグダグダな試合は、チームの看板であるディフェンス陣が奮起して何とか勝ったものの、前年から全く進歩のないピーダーソンのセオリーから逸脱した采配はファンをイライラさせるだけだった。
全く成長していないと落胆したまま迎えた翌週のカンザスシティ・チーフス戦で7点差という数字以上の完敗を喫した時は、早くも「Fire Pederson(ピーダーソンをクビにしろ)」とファンが騒ぎ出すなど、たった2試合でチームはバラバラになる寸前まで追い詰められていた。
奇跡の61ヤードFG
アウェイ2連戦を経て遅いホーム開幕戦となったWeek3は、9月24日という10月が目の前に迫る時期でありながら、気温32度という炎天下で行われた。
ニューヨーク・ジャイアンツとは同地区のライバル関係にあり、お互いに負けられない気持ちが強かったが、その気持ちが空回りしたのか両チームともセオリー無理の采配でチャンスを逃し続け、過去2試合と同じくらいリアルタイムで見ていて辛い試合だった。(試合が始まったアメリカの東部夏時間13時は日本だと深夜2時)
まるで「勝ちの譲り合い」のような苦笑いするしかない試合は、14対0で何となくリードを奪ったイーグルスがこのまま何となく勝つかと思われたが、4Qにジャイアンツの猛反撃を許し、21対14と一気に逆転されてしまう。
終盤に何とか24対24の同点に追い付くと、イーグルスは最後のプレーで61ヤードのFGを狙う事になる。
開幕戦で負傷したケイレブ・スタージスに代わって先週からチームに加わったルーキーキッカーのジェイク・エリオットがポジションに着くが、ファンが期待する声は少なく、反応は冷ややかなものだった。
キック力は年々上がっているとはいえ、60ヤード以上のFGを決めるのは難しい。
しかも、エリオットは加入以降の2試合で大事なところでFGを外していたのでファンは信頼しておらず、61ヤードは無理と誰もが諦めて延長の事を考えていた。
そんな諦めムードが漂う中、エリオットの蹴ったボールがバーを通り抜ける。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
イーグルスが決勝のFGを決めて勝った試合はそれなりに見て来たが、FGが決まっても無反応というのは初めてだった。(日本は早朝5時30分で、まだ両親が寝ていた事もいくらか影響していたと思う)
この日は日本もフィラデルフィア同様に川に入れるほど暑く、昼に起きてから季節外れの川を満喫していたが、休憩中にTwitterを見たら試合中に膝に嫌な形でヒットを受けたダレン・スプロールズが前十字靭帯断裂でシーズン絶望という、あらゆる意味で痛いニュースが入って来た。
チームの主力であり、ファンからの人気も高かったスプロールズの離脱はかなり残念だったが、ここから想像を絶する茨の道が待っているとは誰一人想像していなかった。
快進撃と不安要素
負けてもおかしくなかった試合をエリオットのFGで勝利に変えたイーグルスは、この勝利で勢いに乗ると文字通り別のチームになったかのようにオフェンスが機能するようになり、Week13でシアトル・シーホークスに敗れるまで怒涛の9連勝を飾り、2017年の「サプライズチーム」として一躍世間の注目を集める事になる。
DTのフレッチャー・コックスとSSのマルコム・ジェンキンスを中心としたディフェンス陣は元からリーグ最強クラスだった事もあり、これまで足を引っ張っていたオフェンスが機能するようになれば勝利が着いて来るのは当然ではあったが、オフェンスのパワーアップは予想以上だった。
10勝2敗でプレーオフも目の前と最高の雰囲気でシーズンの終盤を迎えたイーグルスだが、主力にケガ人が増えつつあるのが不安要素だった。
激しいヒットを繰り返す以上ケガは避けられないが、ジェイソン・ピーターズにジョーダン・ヒックスといった主力が相次いでシーズン絶望になるのは痛すぎた。(シーズン終盤になって抜けた主力がスプロールズ、ヒックス、ピーターズの3人だけというのはむしろ少ない方だが、チームの要となる選手が抜けた事実に変わりはなかった)
訪れた試練 ~奇跡を起こす覚悟はあるか~
プレーオフに向けてこれ以上誰も離脱しない事を祈っていたが、Week14のロサンゼルス・ラムズ戦で最大の試練がやって来る。
3Q終盤、ウェンツがエンドゾーンに飛び込んだ際に膝にタックルを受ける。
ホールディングの反則でTD取り消しに加え下げられてしまうが、それよりもウェンツの膝が気になる。
そのウェンツはすぐに立ち上がり、ジェフリーへのTDパスで31対28と逆転するが、チームメイトと喜ぶ事なく、そのままロッカーに向かう。
この時点で嫌な予感しかしなかったが、膝の負傷で今日は戻れないという情報が入ると、スプロールズの悪夢を思い出す。
程なくしてウェンツは前十字靭帯断裂でシーズン絶望という真偽不明のツイートが流れるが、スプロールズの負傷シーンを見ているだけにデマと笑い飛ばす事は出来なかった。
残された選手達も動揺から試合に集中出来ず、ラムズに逆転を許してしまうが、クリス・ロングがジャレッド・ゴフからファンブルを奪って流れを取り戻すと、エリオットのFGで逆転し、最後はディフェンスが再びゴフからファンブルを奪って(とどめにTDも決めて)何とか勝利し、地区優勝とプレーオフ進出を決める。
チーム一丸となって手に入れた勝利は今までにないイーグルスの「強さ」を感じさせたが、ウェンツが気になって試合どころではなかった。
ピーダーソンは月曜9時の会見で詳細を発表するとコメントしていたが、Twitterで拡散されたウェンツのまともに歩けない痛々しい姿を見ると、会見の内容は始まる前から明らかだった。
機密情報であるはずのウェンツのケガが何処から漏れたのかという事よりも、チームの顔であり、MVP候補であるウェンツが残り試合に出られないという事実は絶望感しかなかった。
残るシーズンは前任のヘッドコーチ、チップ・ケリーにチームを追われたフォールズに託すしかなくなったが、世間の目は急速に冷たくなり、少し前まで騒がれていたMVPに優勝候補という言葉は一切聞こえなくなった。
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