ばけばけ

晩年はヒステリーだった小泉セツ 〜エリザベス(イライザ)をどう思っていたのか ※ばけばけ

もしあなたのパートナーの心の中に忘れられない人がいるとしたら?その人は自分が逆立ちしてもかなわないような完璧な人だとしたら?

ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)には、「心の恋人」といわれる女性がいました。

彼女の名前は、エリザベス・ビスランド・ウェットモア 。朝ドラ「ばけばけ」でシャーロット・ケイト・フォックスさん演じるイライザのモデルです。

ハーンにとって創作の原動力であり、ミューズだったといわれる、知性と美貌を兼ね備えた非の打ち所のない女性エリザベス。

二人の関係をハーンの妻・セツはどのように思っていたのでしょうか?

ハーンがセツに求めたのは奥ゆかしい日本人女性

画像 : ラフカディオ・ハーンとセツ public domain

ハーンはしとやかで上品な女性を好みました。

従順で献身的に仕えてくれる日本女性はハーンの理想であり、セツは夫の期待を裏切らないよう、日頃から言葉遣いや所作に気を配っていたそうです。

若い頃につけていた家計簿に「だんなよりもらう」と書いてあるのを見つけた時には、「品の悪いことを書いた」と反省するほどでした。

セツは良き伴侶となり、あたたかな家族愛に飢えていたハーンにとって、家庭は守るべき穏やかな居場所となりました。

また、セツはよき妻、よき母としての役割のほかに、ハーンの創作のアシスタントを担っていました。

幼いころから「お話好き」だった彼女の語る物語は、ハーンの再話文学の才能を開花させます。

あるとき、夫からの質問に、セツがうまく答えられないことがありました。

彼女は、自分の学の無さを恥ずかしいと思ったのでしょう。

「せめて女学校でも出ていれば」とうつむくセツに、ハーンは「学問のある女性だったら幽霊やお化けの話など馬鹿にしてあざ笑うだろう」と慰め、「世界で一番良きママさん」という称賛の言葉を贈りました。

ハーンは慎み深い女性を好む一方で、活発で自己主張の強い女性を嫌いました。

とくに西洋かぶれの日本人女性を快く思っておらず、英語を話す女性を嫌悪し、セツには英語を教えたがりませんでした。

ハーンは高等な学問を修め、自分と同等に議論できる妻よりも、西洋を知らない前近代的な奥ゆかしい日本人の妻を求めていたのです。

エリザベスの存在を知っていたセツ

画像 : エリザベス・ビスランド(1891年)public domain

50歳を超えた頃から体の衰えを感じ、健康への不安から死期を考えるようになったハーンは、アメリカで旧友たちと再会することを夢見るようになります。

1902年、ハーンは一雄を連れてアメリカへ行くことを決意します。

いずれアメリカで学問を修めることを前提に、一雄は幼いころから父親から英語教育を受けていました。

ハーンは手紙でエリザベスに連絡を取り、一雄の進学先の相談を始めます。

さらに彼は1902年7月、エリザベスに自身の就職先を依頼する手紙を出し、その後彼女の尽力によって、コーネル大学のJ・G・シャーマン学長から連続講義の依頼を受けました。

アメリカでの仕事の見通しが立ち、11月、ハーンはエリザベス宛ての手紙に「あなたにもう一度お会いする。ほんの一時でもいい。そうして、あなたのお声を耳にする」と再会への思いをつづりました。

ハーンと一雄のアメリカ行きは家族の間でも話の中心となり、ハーンはエリザベスとの手紙の内容をセツに語ることがありました。

セツの部屋の小さな机の上にエリザベスの写真が飾ってあることや、エリザベスが一雄を褒めてくれたことなどを夫は逐一話してくれるのです。

セツは、ハーンがエリザベスに就職の依頼をしていることも知っていました。

年を取り弱くなった夫が一番頼りにした相手が自分と同じ女性で、それが他でもないエリザベスだったことを知ったとき、彼女はどのように感じたのでしょう。

セツは自著『思ひ出の記』のなかで、同じ頃、ハーンは子どものようにセツに甘えてくるようになったと記しています。

ハーンはセツに母性を求め、彼女は自分に課された役割をわかっていたのかもしれません。

結局、ハーンと一雄がアメリカの地を踏むことはありませんでした。

コーネル大学の連続講座はコレラの流行により中止され、一雄のアメリカ行きは、ハーンが気管支炎を患いドクターストップがかかったため断念せざるを得なかったのです。

セツのヒステリー

画像 : 興福寺阿修羅像(奈良時代)国宝 public domain

セツは時々、ヒステリーの発作を起こしました。

東京西大久保に転居した1903年の晩春、彼女は最大級の発作に見舞われます。

原因は一雄のついた些細な嘘でしたが、セツは狂ったように暴れだします。

「みんなが私をバカにするっ!」と声を荒げて手当たり次第にものを投げつけ、障子は倒れ、襖には穴が開きました。

それだけでは終わらず、今度は一雄を蹴って殴って、髪をつかんで引きずり回します。

セツは鬼の形相のままぶっ倒れ、騒ぎを聞きつけ書斎から出てきたハーンは、拳を固く握って歯を食いしばりブルブルと震えている妻を抱きかかえ、寝室へ運びました。

ドラマや映画になった『阿修羅のごとく』で脚本を担当した向田邦子は、夫の浮気を知りながら、普段は平然を装っている妻が、一瞬、鬼になるさまを「阿修羅」に例えています。

セツは、外国人の妻というだけで奇異な目で見られるストレスや夫とうまく意思疎通ができないことへのジレンマ、子どもの教育、将来への不安なども抱えていたのでしょう。

この年の3月、ハーンは7年勤めた帝大を解雇されています。

さらにハーンとエリザベスの関係が、心のどこかに引っかかっていたのかもしれません。

大きな発作を起こす前年から、頻繁にハーンはエリザベスにアメリカ行きの相談をしていました。

小さな我慢は徐々に大きくなり、限界に達した瞬間、ヒステリーというセツの阿修羅が顔を出したようにも思えます。

『思ひ出の記』に登場しないエリザベス

画像 : イメージ(上村松園「焔」)public domain

1904年にハーンが亡くなった後、彼の友人たちは遺族が困らないように手を差し伸べ、出版物の印税がセツへ渡るように奮闘してくれました。

もちろんエリザベスもその一人で、彼女はハーンの死を知るとすぐにセツに宛てて手紙を書き、優しい言葉とともに、必ずあなたの力になると伝えています。

1906年12月、エリザベスは『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡』を出版し、その収益がすべてセツと子どもたちに渡るように手配しました。

彼女はセツへの手紙で、この本は長年抱き続けた自分のハーンへの愛情の記念だと記しています。

また著書の中では、出会いから亡くなるまで、ハーンは自分にとって変わらぬ「親友」だったと述べました。

『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡』には、セツがハーンとの日々を語った『思ひ出の記』の一部が掲載されています。

もともと『思ひ出の記』は、ハーンの唯一無二の親友・ミッチェル・マクドナルドとエリザベスの依頼によるもので、セツが語り、彼女の縁戚でハーンのアシスタントを務めた三成重敬が書き取ってまとめました。

しかし、『思ひ出の記』にはエリザベスは一切登場しません。

ハーンの死後、エリザベスは1911年、1915年、1921年の計3回、日本を訪れています。

1911年の訪日の際には、夫のウェットモア氏と一緒に小泉家を訪れ、セツに手鏡をプレゼントしました。

手鏡に映ったセツの顔は、果たして菩薩だったのでしょうか?それとも阿修羅だったのでしょうか?

その答えのヒントは、怪談「破られた約束」にあるようです。

「破られた約束」は、死にゆく妻と「再婚はしない」と約束した夫が、その約束を破って後添えをもらい、先妻の怨霊が後妻の命を奪ってしまうという出雲のお話です。

セツの話を聞き終えたハーンは、「なぜ後妻を殺すのか?殺すなら約束を破った夫の方だろう。」とセツに問いかけます。

セツはこう答えました。

「それは男の考え方です。女はそうは思いません。」

参考文献
E.スティーヴンスン『評伝ラフカディオ・ハーン』,恒文社,1984.8
『ラフカディオ・ハーン著作集』第15巻.〔本編〕,恒文社,1988.9
長谷川洋二『八雲の妻 小泉セツの生涯』,潮出版社,2025
小泉セツ『思ひ出の記』,ハーベスト出版,2024
文 / 深山みどり 校正 / 草の実堂編集部

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