東京の玄関口、東京駅。
リニア中央新幹線では、始発駅を品川に譲る形となりましたが、その理由には「地下の空間に余裕があった」「羽田空港へのアクセスが良い」などがありました。しかし、あまり知られてない理由がもうひとつあります。
それが今回の主役である「JR中央線」の謎にも関係していました。
品川駅の拠点化
中央新幹線を建設中のJR東海では、各都県にひと駅ずつ駅を建設する計画を立てています。そして、最も大事なのは始発駅となる東京都の駅。
当初は、品川駅の他にも東京駅と新横浜駅も含めた3案がありました。新横浜だけは神奈川県ですが、細かいことは大目に見ましょう(笑)
だって、新横浜には東海道新幹線も発着しますし、地下空間は横浜市営地下鉄のみで余裕があります。でも、JR東海としては、2003年にもっとも新しい東海道新幹線駅の駅を開業させ、拠点となる駅と考えている品川を選んだのでした。この3駅が候補となった理由としては、乗客が東海道新幹線と中央新幹線を選択できるようにしたためというものもあったようです。
でも、だとしたら東京駅が一番アクセスがいいですよね?東にも北にも新幹線が延びているわけですから。
東京駅の変化
現在、東京駅には地上に10個ものホームに、20の線路があります。
これにより、山手線や京浜東北線などの在来線のほかにも、東海道、東北、上越、山形、秋田、北海道、北陸新幹線などのターミナルとして多くの乗客が利用しています。さらに地下には総武・横須賀線や、京葉・武蔵野線のホームもあり、地上も地下もホームだらけですね。
ホームが東西に並ぶ東京駅が開業したのが1914年(大正3年)でしたが、当時はもちろん在来線しかないので、このホームが丸の内側の赤レンガの駅舎に沿うように4つあるだけでした。ちなみに山手線が開通したのは1885年(明治18年)です。そして、ホームの八重洲口側(東側)には、車庫があったそうです。
当然ですが、開業当時はスカスカの状態だったわけですね。
高架ホームの謎
話が逸れてしまったので、現在の東京駅に話を戻しましょう。
東京駅のホームは10個あると書きましたが、1個だけ地上部分でも地下でもない、高架橋の上に建設されているんです。それが、1・2番線を利用する中央線です。その下には山手線内回り(上野・池袋方面)と京浜東北線(北行き)が使用する3・4番線のホームがありました。しかし、かつてはこの地上ホームが中央線の1・2番ホームとして使われていたのを知っていますか?
当初、新幹線は東海道新幹線のみでしたが、東北・上越新幹線が東京駅に乗り入れたのを切っ掛けに、多くの新幹線が東京を始発駅としたため、ホームの位置がズレていったんです。
上下の発想
現在の中央線ホームが高架化したことで、他の在来線も丸の内口(西側)に移動してきました。そうして空いたホームに新幹線が割り振られたというわけです。ちなみに現在の中央線のホームへは各所にあるエスカレーターでアクセスできますが、目測でもビル3階分はありそうな長いエスカレーターです。高所恐怖症の私には勇気のいる移動でした(笑)
こうしたホームの不足が深刻化したのは平成元年(1989年)、後の北陸新幹線となる長野新幹線の着工が切っ掛けだったんです。地下には京葉・武蔵野線があり、地上にも余計なホームはありません。八重洲口(東側)にはJR東海のホームがあり、例え用地買収をするにしても、ホームの確保には間に合わない。
そこで、ホームを上に増築することになり、平成4年(1992年)から工事が始まりました。
中央新幹線の選択
このようにしてホーム不足を解消し、現在はギリギリのスペースで東京駅は機能しています。
しかし、ホームを転用したのは地上だけではありません。現在、地下にある京葉1・2・3・4番ホームは、かつて国鉄が計画して断念した成田新幹線のホームを転用したものです。
さて、こうしてみると、なぜ中央新幹線の駅が東京でなくなったのかはわかりましたね。東京を選ばなかったのではなく選べない状況だったのです。しかし、今後、北海道新幹線や北陸新幹線の延伸が進み、本数の増加にともなって需要が高まれば、またホーム不足の問題が浮上するかもしれません。
まとめ
JRでは、ホームだけを高架化したわけではありません。長年、待ち望まれた「東京上野ライン」も現在の山手線・京浜東北線の上に高架線を建設し、上野止まりだった列車を東京駅、そして熱海方面へと延ばすことができたのです。こうした技術の向上は将来のホーム不足解消にもきっと役立つことでしょう。
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