
画像 : ヴァイキング public domain
「ヴァイキング時代」と聞けば、まず思い浮かぶのは戦士の姿でしょう。
荒海を越える船、斧と盾、そして略奪と戦争。そうした激しい光景が、この時代のイメージとして語られてきました。
しかし9世紀後半から10世紀初頭の北大西洋世界には、剣を振るうことなく、影響力を行使した一人の女性がいました。
彼女の名はアウディ。
サガの中で「深慮ある者(the Deep-Minded)」と呼ばれた人物です。
この異名が示すのは、斧や剣ではなく、思慮深い判断力によって道を切り開いた人物であったということです。
今回は、戦場に立たずしてヴァイキングたちを率い、新天地へと導いた女性アウディを紹介します。
伝え残された一人の女性

画像:『赤毛のエイリークのサガ』の1ページ(13世紀の写本) public domain
アウディはしばしば「伝説的女性」と紹介されますが、後世に伝えられた記録を丁寧に読み解いていくと、彼女が単なる物語上の人物ではないことがわかります。
彼女の名は『ランズナーマボーク(入植者の書)』、『赤毛のエイリークのサガ』、『ラックサデーラ・サガ』など、複数のサガ作品に繰り返し登場します。
これらが書きまとめられたのは12世紀から13世紀で、アウディの時代からは200年以上が経っています。
それでも、彼女がどこで生まれ、どの海を渡り、最終的にアイスランドに落ち着いたという大筋は、複数のサガでほぼ同じかたちで語られています。
しかも、その移動の道筋や定住した場所は、実在する地名と結びついているのです。
こうした具体性から、アウディは伝説上の人物というより、確かな記憶の上に立つ実在した女性だったのではないかと考えられています。
北大西洋世界を結ぶ者

画像:853年から1170年頃まで存続したダブリン王国 wiki c Yorkshirian.png
伝えられているところによれば、アウディはノルウェーの有力首長の娘として生まれました。
彼女の一族はノルウェー西岸からヘブリディーズ諸島にかけて勢力を持ち、早い段階からブリテン諸島と関係を築いていた家系でした。
その後アウディは、ダブリンを拠点としたノース人支配者のオーラヴ白公と結婚します。
当時のダブリン王国は軍事的な拠点であると同時に、交易都市としても発展しており、この婚姻は政治的・経済的な意味を持つ同盟に近いものでした。
この結婚によって、アウディはノルウェー、ブリテン諸島、アイルランドを結ぶ広域ネットワークの中心に位置することになります。
未亡人としての決断とアイスランド移住

画像:現在のヘブリディーズ諸島。オレンジの島々をアウター・ヘブリディーズ、赤をインナー・ヘブリディーズと呼ぶ wiki c Kelisi
しかし、夫と息子が相次いで亡くなったことで、アウディの人生は大きく転じます。
未亡人となった彼女は、親族のもとに身を寄せるのではなく、自ら一族の先頭に立ちました。
サガによれば、ヘブリディーズに滞在していた彼女は船を用意し、孫や従者を伴って北大西洋へと漕ぎ出しました。
その航海は、政治的な混乱から逃れるための漂流ではありませんでした。途中で縁組を整えながら進み、最終的にアイスランド西部へと到達します。
彼女は未亡人として保護される立場になるのではなく、自ら行き先を定めて人々を導いたのです。
信仰と共に成し遂げられた暴力なき権力

画像:アウディが祈りを捧げ十字架を立てたと伝わるアイスランド西部「十字架の丘」 wiki c Ymblanter.jpg
アイスランドに到着したアウディは、西部に広い土地を占有します。そしてそれを親族や従者、奴隷にまで分け与えました。
彼女は剣で支配したのではなく、分け与えることで人を結びつけたのです。
晩年、アウディはキリスト教徒として生きました。祈りのために丘に十字架を立て、最期は自ら開いた宴のさなかに息を引き取ったと伝えられます。
洗礼を受けていた彼女は、異教徒と同じ墓域に葬られることを望まず、潮が満ち引きする海辺に葬られました。
その子孫は後にアイスランドの有力家系へとつながることとなります。
アウディの名が消えなかったのは、土地と血縁の中に実際の足跡を残した人物だったからでしょう。
参考文献 :
『ヴァイキングの歴史』/グウィン・ジョーンズ(著),笹田 公明(訳)
The Book of Settlements:Landnamabok(U of M Icelandic Series,1)/Hermann Palsson(著),Paul Edwards(著)
文/草の実堂編集部























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